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黄昏(2/5)

「引っ越しして、やり直したいと思って。人生、何もかも」
夕焼け空を背景に、そう呟いた青年の表情を今でも思い出すことがある。

入社して3年目の初夏。
やっと営業成績が伸びてきて、金銭的な駆け引きを覚え始めた時期だった。
客は俺が卒業した大学の3年生で、学部も同じだということもあり、双方の印象は悪くなかったと思う。
ただ、こんな中途半端な時期の引っ越しは珍しい。
しかも、彼が住んでいたのはファミリー向けの物件で、一人暮らしをするには幾分広く感じた。

一通り荷物をチェックし、概算見積もりを弾き出す。
大物はベッドと必要最低限の家電のみで、その他の荷物はかなり少なめ。
移動距離は隣の市まで、約20km程度。
荷造り・荷解きは本人が行う。
シーズンオフの平日と言うこともあって、単身プランの中でも大分安い金額にまとまった。

「・・・やっぱり、これくらい、かかりますよね」
とは言え、学生の身分では容易いものでは無かったのかも知れない。
表情を曇らせる彼に対して、幾ばくかの罪悪感が芽生えた。
提示する見積額には段階があり、初めは概算の2割増し程度で様子を見る。
それで渋られた場合は概算額を出し、更に値切られた時は会社に一報を入れ、限界額まで落とす。
「予算は、どれぐらいで考えてるの?」
「だいたい・・・」
青年の提示額は、俺が考えていた限界額よりもまだ少し低い程度。
「うーん・・・時間指定無しなら、ここまで落とせるかも知れないかな」
「いつ着くか、分からないってやつ?」
「今のところ混んでないから、あんまり非常識な時間にはならないはずだけどね」
「全然、大丈夫・・・それで、お願いできますか」

本来なら、ここまで引き止めるような客でも無い。
安くあげるつもりなら、レンタカーを借りて友達連中と数日かけて引っ越したって良いだろう。
「・・・良かった」
背後にある西側に面した窓から夕陽が差し込み、彼の明るい髪を更に輝かせる。
切なげに安堵の表情を浮かべる雰囲気をあしらえる程、場数を踏んできてはいない。
「後輩だから、特別だよ」
「ホントに?」
「冗談だけどね。卒業する時にでも、またウチを使ってくれれば」


その日は、丁度休日だった。
平凡な一日を過ごし、会社に連絡を入れたのは夕方前。
「中園です。お疲れです。・・・あのお任せ便って、どうなった?」
昨日時点でのスケジュールでは、午後には搬出、夕方過ぎには搬入まで完了する手はずだった。
ところが、前の客の荷物が想定以上に多く、用意したトラックでは積み切れないことが分かり
彼のところに行くはずだった車を回してしまったのだと言う。
「マジで?何やってんだよ。・・・で、何時くらいになりそうなの?」
もちろん、時間指定無しのプランは、そういったトラブルが起こることも想定しての値段設定になっている。
いつもなら、しょうがないの一言で済ませるようなことなのにと
ついムキになった自分の声で気付かされた。


西日を浴びたマンションの白い壁が、柔らかなオレンジ色を帯びている。
エントランスの植栽に腰を下ろした若い男が、顔を上げてこちらを窺った。
「部屋で待ってたら良いのに」
「・・・何か、落ち着かなくて」
「トラック、もう来るって?」
「さっき電話があって、後30分くらいで着くって言ってました」
時間は、もう4時を過ぎている。
このペースでは、搬入が完了するのはかなり遅くなるだろう。
「ちょっと、トラブったみたいで。悪いね」
「いえ。でも・・・営業さんも、引っ越し、やるんですか?」

彼の疑問はもっともで、本来、営業が引っ越し現場に出ることは無い。
規則で禁止されている訳では無いけれど、作業員がやりにくくなると言うこともあるのだろうし
現場の裁量は、殆どが経験則に基づくもの。
マニュアルに絡め取られた俺たちのやり方とは、相容れないところも多くある。
俺自身、こんな風に現場に顔を出したのは初めてだった。
「遅れてるって言うから、気になって」
たった一回相対しただけの青年のことを気にかけてしまうのには、きっと何か他に理由があるはずだ。
でも、すぐには答えが出ないだろう気配を読み取って、考えるのは止めた。
「人手が足りない様なら手伝うよ。これでも、研修で3ヶ月、現場に出てたからね」


傾きを増した太陽が、街並を橙に染める。
道の向こうに、背の高い車の影が見えた。
立ち上がった青年が、遠くを見据えたままポツリと呟く。
「引っ越しして、やり直したいと思って。人生、何もかも」
学生時代にありがちな、不遇に心酔する感情。
僅かに冷めた気持ちで言葉を聞き流したことを、振り向いた彼の顔を見て後悔した。
柑子色の光の中に映る表情は、余りにも哀しげで儚く
自分が従事している仕事の意味を、改めて思い知らされた。

俺はその夜、彼の為に時間を費やした。
同棲していた恋人が出て行ってしまったこと。
しばらく待ってみたものの、戻って来ることは遂に無く
その内、一人では家賃が払いきれなくなり、引っ越しをせざるを得なくなってしまったこと。
搬送中の待ち時間に入ったファミレスで、彼は、思い出を撫でながら語ってくれた。

転居先はシンプルなワンルームのアパートで
少ないと思っていた荷物も、搬入を終える頃には自由な空間の殆どを奪い去った。
それでも、今日からここで、彼は新しい人生を歩き始める。
玄関先で深々と頭を下げて見送ってくれる青年を背に、未だ出ない答でも探そうと考えていた。

□ 85_黄昏 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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