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紐帯(4/5)

あの人にとって、俺はどんな存在なのか。
血も繋がっていない、歳も離れている、一緒に住んでいたことも無い。
ともすれば、全くの赤の他人であると言っても、過言じゃないのかも知れない。
二人は、程なくやって来た反対方向の電車に乗り、去って行く。
後に残ったのは、レールに響く車輪の音と、虚しさだけだった。


大学はテスト期間も過ぎ、長い夏休みに入る。
と言っても、休み明けの展示会に向けて、製図室に詰める毎日が続く。
人の少ない構内は何となく落ち着く雰囲気で、あれから煙草を手放せなくなった俺は
バルコニーに出ては、青い空に煙を吹き付けていた。

手繰り寄せていたはずの糸も、中途半端なままで放置されている。
兄貴と歩く斎木の姿が、瞼に焼き付いて離れない。
ああいう出来の良い弟が、彼は欲しかったんだろうか。
想像し難い、それ以上の関係があるのだとしたら、敵う訳も無い。
悔しさよりも、羨ましさが募る。
どうして、俺は、アイツになれなかったんだろう。
どうすれば、俺は、アイツになれるんだろう。
バイト帰りにコンビニの前を通り過ぎる度、暑苦しい風が友との関係を溶かしていく。


「社会勉強にでも来た?」
自分の行動が浅はかであったことが分かったのは、そう声を掛けられてからだった。
「・・・別に」
「君、キャバクラの客引きやってるよね。たまに見かける」
馴れ馴れしい距離感で俺の顔を覗き込む男は、優しげで性的な笑みを浮かべる。
身体の中をえぐる様な眼が、煙草を持つ指を震えさせた。
「興味あるんだ?」
「どんなもんかと・・・思って」
「じゃあ、少しはそう言う素養があるのかもね」
薄暗い店内、小さなテーブルの前に立つ俺の身体に、男の手が触れる。
煙草から昇る煙が、緩やかなカーブを描いた。
「普通の男は、一人でこんなとこ、来ないよ」
「俺は・・・」
こめかみ辺りに触れた指が、髪を掻き分けて耳の後ろに滑る。
反応したら負けだと、強張る身体と気持ちを必死に抑えた。
「試してみようか」
向かい合わされた男の顔に、兄貴の顔が重なる。
そうすれば、俺は、弟になれるのか。
冷静な思考が、グラスを滑る水滴と共に落ちて行った。

「行くぞ」
突然引き離された身体が、背後の誰かにぶつかる。
「悪いけど、オレのもんだから。手ぇ、出さないで貰えるか」
放たれた言葉に、目の前の男は口を歪ませた。
「そんなに大事なら、フラフラさせないで、箱にでも入れとくんだな」
「ああ、そうするよ」

入って来たドアとは違う扉から外に出る。
俯く俺の手を取った彼は、細い路地を大通りへ向かう。
無言で前を行く兄貴の姿を見ながら、酒と恐怖で火照った俺の手に、心地良い冷たさが沁みた。
「・・・ごめん」
「何がしたいんだ、お前」
「・・・分かんない」
不意に立ち止まった白いワイシャツが、溜め息と共に大きく揺れる。
振り向きざまに抱き寄せられた身体が、その腕の中に納まった。
「オレがいなかったら、どうなってたと思う」
「・・・分かんない」
「あんまり、心配させんなよ」
心配なんか、してくれるんだ。
そう感じた時に、気が付いた。
兄弟としての意識も薄く、弟なんか気にもかけていない。
若い男に、友達に、弟を求めているんじゃないか。
そんな勝手なイメージを兄に植え付けていたのは、俺だったと言うことを。
「ごめん・・・兄貴」


台風が去りつつあった日の夜。
学生寮に、友人が訪ねて来た。
ずっと避けていたのもあって、気まずさは拭えなかった。
しかし、どうしても話したいことがある、そんな文面のメールを拒む事も出来なかった。

今時学生寮なんて流行らないんだろうか。
基本二人使いの寮の部屋には、借りる学生が少ないと言う理由で、殆どが一人で住んでいる。
主のいない二段ベッドの上の段は、すっかり物置と化していた。
そんな部屋に、濡れ鼠の彼を招き入れる。

「・・・どうした?」
寂しげな表情をした斎木は、静かに息を吐き、話し始めた。
「オレさ、9月から留学するんだ」
「え・・・?何処に?」
「アメリカ。休学して、1年、行って来る」
「そんな、突然?」
「ごめん、少し前に決まってたんだけど、タイミングが掴めなくて」
「そうか・・・」
距離を置いていたのは俺の方なのに、身勝手な寂しさが心を覆う。
その気持ちをどう言葉にして良いのか分からない中で、嫉妬の光景が頭を過る。
「・・・兄貴は、もう、知ってるんだよね?」
つい口を衝いた一言に、友の顔色が変わった。

□ 65_紐帯 □
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地震のせいで眠れなくて

こんばんは。
昼は雷、夜は地震。もうヤダ。

さて、私、桐生くんは斉木くんを好きで、お兄ちゃんとバトルだと思っていました。
だから、読みながら、え~!そっち~!と驚きました。相変わらず、私には小説を読むセンスがありません。
ですが、桐生くんがお兄ちゃんを好きなんだ、と分かったとたん、がぜんと面白く感じました♪だって、すごくロマンティックじゃないですか!
いいなぁ、社会人のお兄ちゃん…♪
相変わらず、くだらない感想ですみません。

Ps,どうせなら、仕事の出先で雷雨に降られてずぶ濡れサラリーマン、というシーンいかがでしょう?私の雷コワイストレスの発散になるのですが。

想像を超えるもの。

自身に兄弟がいないにもかかわらず、兄弟の話を書きたくなるのは
やはり何処か、その関係性に憧れているのだからだと思います。
ある人に、兄弟とはどういうものなのか問うたところ
「気の置けない、けれどライバルみたいなもの」と言う答えが返ってきました。
やっぱり、想像に尽くしがたいもののようです。

このところ、突然の雷雨が多いような気がします。
ご提案のお話、先日、建物から出たところで土砂降りの雨に遭遇し
しとどにスーツを濡らした身としては、居た堪れないシチュエーションですが
何処かに取り入れさせて頂きます。

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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