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紐帯(1/5)

「今なら、NO.1がすぐに付きますよ?どうですか?」
場末の駅から更に少し離れた歓楽街の入り口。
そこに立つ男たちは、皆一様に黒いスーツに身を包み、疲れた身体を引き摺る獲物に声を掛ける。
「一番って言ったって、たかが知れてるじゃん」
「そんなことないですよ。ウチは、あっちの店と違って、顔で勝負してますから」
餌に食いつきそうなサラリーマンを、オーバーアクション気味の身振りで煽った。
「でもなぁ・・・」
迷いを覗かせた時点で、勝負は見えた。
白髪の混じる頭に顔を近づけ、決まり文句を囁く。
「でしたら、初めの1時間だけ、特別にお安くしておきますよ」
「ホントに?」
「ええ、とにかく一回来て頂ければ、気に入って頂けると思いますので」

離れた場所でそれを見ていた他のボーイが、憐れな客を店まで案内して行く。
「お一人様、ダブルです」
「りょーかい」
携帯で連絡を入れると、やる気の無さそうな声が返ってくる。
「ガンガン飲む女、付けてやるか」
あっけらかんと笑う電話の主の意図は、明確だった。
シングルプランは通常料金、ダブルプランは入店料金を下げる代わりに酒代が割高になる。
どう転ぼうと、店に損は無いからだ。
「そうですね」
とは言え、時給で働くバイトの俺には、あまり関係が無い。
一先ず、今日のノルマは後二人。
物色するべく目を向けた景色の中に通り過ぎた影に、俺はその時、気が付かなかった。


歳の離れた兄貴がいる。
同じ東京に住んでいながら、それほど顔を合わせる機会は無く、頻繁に連絡を取ることも無い。
俺が進学で上京する際、同居を提案した両親に反対し、学生寮を勧めて来たのも彼だった。
10歳も離れているからだろうか、それ以上に、俺が母の連れ子であることが大きいのだろうか。
彼の父と俺の母が再婚したのは、俺が中学生の時。
その頃、彼は既に就職しており、実家にはいなかった。
濃密だったのは、父と母の関係だけで、俺は一人蚊帳の外にいるような感覚。
殆ど他人の様な希薄な家族の関係が、わだかまりになっていることは確かで
未だに彼のことを家族だと思いきれない自分がいた。


狭いバックヤードで、休憩中の女たちの視線を集めながら私服に着替える。
派手なドレスを纏い、脚を露わにしながら咥え煙草で携帯を弄る一人の女が、声を掛けてきた。
「ねぇ、セイちゃん。こないだ出来たお店、知ってる?」
「何処ですか?」
「そこの角曲がった、奥の所」
おぼろげに浮かぶ路地の映像には、ショットバー的な店が映る。
「ああ、あったかも知れないですね。行ったことは、無いですけど」
「今度、お店ハケたら行ってみない?」
「・・・良いですよ」

金を稼いでいる自立した女、と言う自負があるのだろう。
彼女達は、大学生である俺を全くの子ども扱いしている。
可愛がって貰っていると好意的に受け取っていたのは初めの内だけで
その本性を知るにつれて、うっすらと積もっていた下心は、すっかり掃き取られてしまった。
金を稼ぐ為の踏み台、互いにそう思っているのだから、スタッフと嬢の間に何かが起こる訳も無い。
いじり倒してストレスを発散する存在でしかないと気が付くまで、時間はかからなかった。

「アイカはあれでしょ?あの店の隠しフロアが見たいんでしょ?」
「まぁね~。だって、興味無い?」
「振り向かないオトコ物色したって、楽しくないじゃん」
「・・・何ですか?隠しフロアって」
興奮気味に煙を吐き出すアイカさんに、恐る恐る尋ねる。
「あのバーね、裏でゲイバーやってるんだって」
「はぁ・・・」
「聞いたら、男同伴なら女でも入れるって言うのよね」
「俺、全然、興味無いですけど・・・」
「アタシが一回行ってみたいの」
俄然気乗りしなくなった心情などそっちのけで、女達のボルテージは上がる。
「男だってだけで十分だから」
「やだ、セイちゃんが男にモテたらどーする?」
「いいじゃん、付き合っちゃえば?」
「勘弁して下さいよ・・・」


逃げるようにキャバクラを後にしたのは、終電も過ぎた時間だった。
ごみ置き場の脇に置いた自転車を引き摺り出し、家路に着く。
何の気なしに、話題に上がっていた店の前で、中を窺ってみる。
青白い照明に照らされた薄暗い店内。
一見すれば、ただのこじゃれたショットバーだった。
平日のこの時間だと言うのに、そこそこ客は入っている。
客は、やや男が多い。
その光景と、この店の裏の顔が繋がった頭の中が、得体の知れない薄ら寒さに包まれる。
出来れば踏み込みたく無い。
きっと、向こうだってそう思っている。
興味本位で立ち入っちゃいけない領域だって、あるはずだ。
同じ男として、何となく居た堪れなさを感じながら、自転車を走らせた。

「いらっしゃいませ」
学生寮の近くにあるコンビニに立ち寄る。
適当な雑誌を数冊眺め読みしてから、飲み物を持ってレジへ赴く。
対応してくれたのは、すっかり顔馴染みになったバイトの店員だった。
大学の構内で何回か見かけたことがあるから、同じ学校の学生なんだろう。
どちらかと言うと真面目で地味、といった印象で、風俗でバイトするようなタイプじゃない。

「ありがとうございました。お疲れ様」
「どうも」
交わす会話はいつも短くて、特別なことは何一つ無いものの
雑多な夜から現実に帰ってくることが出来る一つのスイッチとして、毎晩待ちわびている時間だった。

□ 65_紐帯 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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