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紐帯(2/5)

「何やってんだよ、桐生。もうコーリキ始まるぞ?」
友人からの電話で起こされたある日。
何かと実習系の授業が多い学科に入ったからと、比較的時間が空く夜のバイトを始めたは良かったけれど
結局、身体が持たずに昼まで寝てしまうことが往々にしてあった。
3年生にもなれば、ほぼ午後からの講義で済むようになっては来たものの
最も苦手とする構造力学の授業は、嫌がらせのように1コマ目に設定されている。
「あ~・・・うん、すぐ行く」
「寝起きかよ。何だ?キャバ嬢と遊び過ぎたのか?」
「そんなんじゃねーから」
「良いから、すぐ来いよ」

寮から大学までは、直線距離で500mも無い。
ただ、その間は急勾配の上り坂で、自転車にせよ、走るにせよ、かなりの体力を要する。
取る物も取りあえず、ダッシュで坂を上りきった時には、流石に目の前が霞んでいた。
息を整えて歩く先に、坂の途中で俺を抜いて行った原付が停まっている。
ヘルメットを取ったその顔に、思わず足が止まった。

俺の気配に振り向いた彼は、幾分眠たげな眼をしながら軽く微笑む。
「やっぱ、同じ大学なんだ」
「ですね。オレも、何回か見かけたことがあったから、そうかなって」
「何年生?」
「3年生。化学科の」
「化学科か・・・じゃあ、殆ど顔合わせないはずだ」
「何科?」
「建築科で、同じ3年」

総合大学としてはそれほど大きな規模ではないウチの大学。
それでも学部・学科毎に校舎は分かれているから
違う学科の学生と顔を合わせるのは、一般教養の講義か、サークルくらいしかない。
「建築かぁ。実習とか、大変そうだな」
「ひたすら図面書いて、模型作ってって、そんな感じ」
「ま、ウチも試験管振って、顕微鏡覗いてってしてるけどね」
しばらく同じ方向へ歩いていると、始業を知らせるベルが聞こえて来る。
「やっべ・・・5分経つと、締め出されるんだった」
「オレは図書館行くから。頑張って」
「そっちも」
小さく手を挙げ、校舎に向かって再度走り出す。
さっきまで身体を包んでいた倦怠感は、朝のちょっとした出会いに掻き消されていた。


斎木、と言う苗字はバイト先の名札に書かれていたから、知っている。
昼時の学食で見知った顔を探すのは、案外簡単だった。
窓際のカウンター席でノートパソコンを弄る彼を見つけ、近づく。
「ここ、良い?」
英語だらけの文書を閉じた彼は、こちらに目を移して頷いた。
「斎木君、で良いんだよね?」
ランチを乗せたトレーをテーブルに置き、椅子に腰かける。
「そう」
「俺は、桐生」
そう名乗った瞬間、彼の表情が僅かに変わったような気がした。
「・・・桐生君か。珍しい名字だね」

友達は多くも無く、少なくも無く。
サークルに入っていない俺には同じ学科の友達しかいなかったから、彼の存在は新鮮だった。
「いつも、遅い時間に来るよね?」
「ああ、キャバクラでバイトしてるから」
「へぇ・・・金、良いの?」
「そこそこかな。拘束時間が短いから、悪くないかなって」
「女の子目的?」
「初めはねぇ、そうだったけど。やっぱキャバ嬢こえぇって、今は思ってる」
「ははは」
控えめな笑い方も、ガテンなクラスメートとは違う。
自分の周りの環境だけが全てだと思っていた考えが、徐々に覆されて行く。
何だかいつもの学食の雰囲気が変わって感じたのは、大袈裟じゃないんだろう。

午後の講義を知らせる予鈴が響く。
彼は手元のパソコンを鞄に仕舞い、席を立った。
「授業は?」
「俺は3コマ目無いから、製図室でちょっと一眠り」
「そっか。じゃ、また」
「頑張って」
窓から射す初夏の陽を浴びた彼は、眩しい笑顔を見せて去って行った。

大学院への進学を考えていること、実家が山梨にあること。
俺と彼の間に目立った共通点は無かったけれど、たわいも無い話をして過ごす時間が増えた。
友達として仲を深めるにはまだ時間がかかると思う。
そんな誰かと新しい関係を紡いでいく過程が、平坦な毎日に彩りを与えてくれるようで嬉しかった。


その場所は、何と言うか、感じたことの無い空気が流れている。
俺にとっても、彼女にとっても、アウェーな空間であると言うことを、周囲の視線が知らしめる。
まずは偵察ね、と意気込んでいた雰囲気は何処へ行ったのか。
スタンディングの小さなテーブルで煙草を咥えるアイカさんは、小刻みに震えているようだった。

表のバーよりも広い店内には、当然のことながら男の客しかいない。
こっちが本業なんだろう。
棚に並んだボトルの数も、種類も、ウチの店より遥かに多い。
「何か・・・落ち着かない」
「そりゃ、そうでしょうね」
「表で、飲み直そうか」
「まだ、10分くらいしか経ってませんよ?」
「だって・・・」
キャバ嬢メイクそのままで顔をしかめる彼女。
むしろ、付き合わされた俺の身にもなって欲しい。

その時、背後から誰かが俺の肩を掴む。
瞬間の恐怖に、息を呑んだ。
「ここは、お前の来るところじゃない。さっさと失せろ」

□ 65_紐帯 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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