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紐帯(5/5)

出会いは、2年前の冬だった。
勢いだけで彼らのテリトリーの前まで行ったはいいが、躊躇いが興味を凌駕している時
一人の男が声を掛けて来たと言う。
「ここは、君が来るところじゃないよ」
未成年者であることに気付いた上での警告だったのか、誘い口上だったのかは分からなかった。
不安で何も言えなかった少年を置いて、彼は去って行こうとする。
今まで誰にも話すことが出来なかった、圧し掛かる様な悩みを聞いて貰えるかも知れない。
「待って」
縋るような気持ちで、彼の手を取った。


「偶然が運命だと思ったのは、きっと、あれが初めてだな」
その夜を懐かしむ様に、斎木は目を細めて微笑んだ。
俺が友人を知るずっと前から、彼と兄貴の関係は続いていた。
知る術も、知る由も無かったけれど、言い知れない羨望が募る。
「彼の弟が同じ大学にいるって言うのは、聞いてたよ」
「・・・そう」
「だから、名前聞いた時、びっくりした。まさかって、思った」
「何で・・・そのこと」
「彼から口止めされてたから。余計な心配、かけたくないって」

俺が彼の弟になってから8年。
斎木が彼と知り合ってから1年半。
それでも、彼が兄貴と過ごした時間は、俺よりもずっと多いはずだ。
秘密を共有し、時間を共有し、彼と兄貴の関係は深く、濃くなっていったのだろう。
「羨ましいよ」
「何が?」
「俺は、あの人のこと、何も知らない。ただ、戸籍上、弟ってだけで」
「オレだって、別に・・・」
「笑った顔すら、思い出せない。お前の方が、よっぽど・・・」
惨めな言葉を吐く俺に、彼は諭すような口調で言う。
「彼も、悩んでたよ。どう、弟に接して良いか分からない、って言ってた」
「え?」
「もしかして、彼は・・・」
途中まで言いかけた言葉を溜め息に溶かした彼は、誤魔化すように微笑んだ。

友人の声を通して、畏怖と憧れが作り出していた幻想が実体化する。
空が白み、僅かに覗いた朝日で、嵐が去ったことを知った。
「たまにはメールでもくれよ」
「英語でも良いか?」
「嫌がらせかよ」
割と本気で顔をしかめた俺を、彼の明るい笑い声が包んだ。
「元気で」
「桐生も」
俺の手を握る彼の力が腕に響く。
大きな決断をしたその姿が、自分のことのように誇らしかった。


兄貴と共に帰省をするのは、初めてだった。
新幹線の隣の座席の彼に、会った記憶の薄い新婦のことを聞いた。
「この、慶子さんって、どんな人?」
「ああ・・・オレも小さい時しかあったこと無いけど。オレより3つ上の・・・」
「何?」
「いや、あんまり褒めるところが見つからない感じの人」
「それ、酷くない?」
苦笑する俺に、何処か居心地の悪そうな顔をする兄貴。
「何か、すげぇ虐められた記憶しか無いからさ」
「兄貴を虐める人がいるんだ・・・ある意味、凄いな」

暗いトンネルが切れると、緑の田園風景が飛び込んでくる。
青い空に、一筋の飛行機雲が見えた。
「斎木がいなくなって、寂しい?」
彼を見る俺に、その視線が一瞬向き、外れる。
「当たり前だろ」
「・・・俺がいても?」
幼いやっかみの言葉で、彼の顔に微かな狼狽が現れる。
思いも寄らない変化に緊張が走った。
通路の反対側の窓に目を向け、しばらく黙りこんだ兄は、振り向かないままで呟く。
「アイツに合わせる顔が無くなるから・・・それ以上は、聞くな」


冬の足音が聞こえてきた11月。
俺は学生寮を離れ、大学から少し離れた街に引っ越した。
「一人にさせておくと、何をするか分からないだろ?」
笑いながらそう言った兄貴の一存で決まったことだった。
キャバクラのバイトも止めさせられ、あの歓楽街も、あの店も、訪れることは無くなった。

と言っても、サラリーマンの兄貴と学生の俺では、生活リズムが若干ずれる。
それを分かっているのだろう、彼は玄関傍の狭い部屋を俺に宛がった。
「夜中に起こされちゃ、堪んないからな」
二人の部屋の真ん中に位置するリビングでパソコンを弄る俺に、彼は意地悪い笑みを向けた。


本気で嫌がらせをしてきたのだろうか。
異国の友人から届いたメールは、全て英語だった。
アメリカの飯はどれも大量だ、便器がデカくてケツが嵌りそうで怖い。
大体、そんなどうでも良い日常のことが綴られている。
何とかかんとか摘み読みし終わり、最後の追伸まで行き着いた。
『We found a chemical reaction. Maybe...it's Fate.』

肩の辺りに感じられた、画面を覗きこむ顔。
「運命って、ホントにあるのかな」
「自分がそう思うなら、それが運命なんだろ」
「信じる?」
不意に肩に回された腕が、彼との距離を急激に近づけた。
耳と頬に兄の感触を感じながら、当て所の無い視線が画面を泳ぐ。
「・・・ああ」
溜め息のような答えを吐いた兄貴の心の中にいたのは、誰だったのだろう。
その答えを知りたくて、俺は、彼に身を預けた。


見えない糸が、人々の間に張り巡らされている。
家族、恋人、友人・・・糸の結び方も細さも様々だけれども、日々、何本もの糸が絡みついては解けていく。
彷徨う糸先が結びつくのは、偶然なのかも知れない。
でも、共に時間を過ごす内、二人を結ぶ糸はより複雑に綾なす。
化学反応がもたらす変化に戸惑いながら、浮き立ちながら、憧れが少しずつ形になる。
繋がり方なんて、関係無い。
彼と繋がっているこの事実が、俺にとっては、運命なんだ。

□ 65_紐帯 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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