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道標(6/6)

風邪薬、冷却シート、スポーツドリンク・・・。
とりあえず、必要そうな物を買い込み、後輩のマンションに戻る。
俺の家とは駅を挟んで反対側。
遠くなる自宅のベッドを思いながら、疲れた身体を引き摺るように歩く。

苦しそうな息遣いが、額に張られた冷却シートで少し緩和されていく。
上体を起こさせ、薬を飲ませる。
喉が渇いていたのか、彼はコップの水を飲み干して、大きく溜め息をついた。
「課長には言っておくから、今日は休め」
ベッドに肘をつき、床に座る俺の顔を、彼は潤む眼で見つめる。
風邪をこじらせて年末年始をベッドの上、なんていう生活も不憫すぎる。
「動けるようになったら、病院行って来いよ?」
そう言って立ち上がろうとする俺の腕を、後輩の手が不意に掴む。
思わぬ障害にバランスを崩し、彼の身体に覆い被さるように倒れた。
何とか肘で支えた身体が、首に回された腕に引き落とされる。
抱き締められるように密着した身体に、強烈に火照った身体の熱が伝わってくる。
「おい、何、する・・・」
「行か、ないで・・・なが、せ、さん」
すぐ側に迫った後輩の口から囁かれた言葉に、身も心も強張った。
聞こえなかった振りも、出来たはずだ。
どう行動するべきなのか、咄嗟の判断が、冷たい耳に触れる頬の熱に浮かされる。

彼の身体に体重をかけない体勢を考えていた。
不安定な状態で、かと言って後輩の腕を振り解くことも出来ないまま、緊張の時が過ぎていく。
全ての辻褄が合う、一つの仮説。
そんなこと、あって良いのか。
単なる想像に、得も言われぬ違和感が沸き上がる。

俺の首を抱えていた腕の力が抜ける。
「・・・すみません」
弱弱しい言葉を合図に、自分の身体を持ち上げた。
眼下にある難波の表情が、一瞬歪む。
「すみません」
再び口にした謝罪の一言と共に、虚ろげな瞳が大きく揺れた。
その光景が、仮説を、証明するようだった。


自宅のベッドの上で、ぼんやり天井を眺める。
睡魔は確実に襲ってきているのに、眠れない。
上司には、後輩の体調不良を連絡しておいた。
携帯には、懐かしい名前の旧友たちから、年末の誘いの返事が戻って来ている。
日常は何も変わらず進んでいるはずなのに、俺の気分は固まったまま動かない。

明日の朝、様子を見に来るからと言った俺に、難波は頷いて答えた。
同性の後輩から向けられる想い。
有り得ない、そう思っているはずなのに、差し出されている手を振り払えない。
その手を取ったら、俺は、どうなるんだろう。
どうすれば、この混迷の闇を掃うことが出来るのか、見当もつかなかった。


雪がちらつく早朝。
玄関先で出迎えた後輩の顔は、赤みが抜け、幾分まともになっていた。
「体調はどうなんだ?」
「大分良くなりました。ご迷惑おかけました」
「今晩は、行けそうか?」
「はい、大丈夫です」

それなりの覚悟は、して来たつもりだ。
距離を置いてベッドに座る難波の気配を感じながら、気分をなだめた。
持ってきたペットボトルのお茶を一口飲んだ彼は、小さく息を吐く。
俺の所作一つ一つに、怯えているように見えた。
後輩に視線を投げる。
切なげな表情を浮かべ、彼は呟いた。
「・・・そろそろ、帰らないとまずいですよね」
下手な嘘。
それに俺が気が付いていることも、分かっているんだろう。
「疲れてるところ、いつまでも引き止める訳には・・・」
取り繕うように付け加えられた言葉が、気分を逆撫でするようだった。
「バカだね、お前」
寂しそうに眉間に皺を寄せる顔が、俺を見る。
「俺が訳分かんなくなってんのに、お前まで迷うなよ」

カーテンの隙間から、光が漏れている。
いつもなら、とっくにベッドに入っている時間。
でも、このまま帰ったところで、どうせ今日も眠れない。
それなら、ここにいたって、同じだ。
「帰って欲しいのか、欲しくないのか、はっきりしてくれ」
「・・・帰って欲しく、ない」
彼の素直な気持ちに、不思議と迷いが晴れて行く。
闇を照らしてくれるのは、その想いなのかも知れない。
「じゃあ、初めから、そう言えって」
視線を外そうとする身体を引き寄せ、耳元で冗談めかしく呟く。
「お前のベッド、狭いよなぁ。二人で寝れんの?」
「な・・・」
「冗談だよ。飯買って来るけど、何かあるか?」


この闇は、きっと一生、無くならない。
震える手を取り、歩く先は、未知の世界。
名付け方の分からないおぼろげな感情は、二人の足元を照らすだけ。
けれど、例え、その手が離れたとしても、想いが点す光が互いの道標になる。
狭いベッドに背中合わせで眠る後輩の息遣いを感じながら、そんなことを考えていた。

□ 49_道標 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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清水の舞台

結婚は人生の墓場とも言われるけれど、その墓場に入るにも、清水(寺)の舞台から飛び降りる勇気が必要ですね。
いくら計算高い人であっても、先の事は分からない。酒乱は一緒に暮らさないと分からないし、どんなに良い人であっても、事故や病気で早死にするかも知れない。
大恋愛の末に結婚しても、早々離婚する人もいる。
でも、決断したら進むしかないです。石橋も叩き過ぎたら割れるしね(笑)。
難波といえば、すぐに大阪ミナミの繁華街を思い浮かべました。
しかし、阪急電車を利用するから、大阪の繁華街で頻繁に行くのはキタの梅田界隈です(笑)。

あなたとなら恐くない。

人生は先の見えないもの。
恐くて、寂しくて、心細いから、誰かを無意識に求めるのかも知れません。
例え、すぐそばに温もりが無くても
一人じゃないと思えるだけで、どんなに良いだろうと思います。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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