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道標(2/6)

全体会議の為に早出した夕方。
俺にも食べきれないであろう幾つかのリンゴを、久しぶりに顔を合わせた白石さんに手渡した。
「どうしたんですか?これ」
「貰ったんだけど、食べきれそうにないからさ」
「じゃ、明日のお昼にでも、頂きますね」
一つ手に取り、香りを味わうように鼻に近づけた彼女は、何かを伺う様に俺を見る。
「話は変わるんですけど・・・永瀬さん、難波くんの予定とか、聞いてません?」
「何、それ?」

難波は部署の後輩で、同じ大学の出身と言うこともあり、よく付き合いがある奴だ。
ただ、夜間工事を担当するようになってからは、殆ど顔を合わせていない。
「最近話してないしなぁ・・・自分で聞いたら良いじゃない」
心無い俺の一言に、白石さんの表情が曇る。
「そんなことしたら、下心見え見えじゃないですか」
そう言うことか。
直近の大イベントと言えば、狙いは一つ。
若い女の子の淡い恋心を目の前に、何となく微笑ましくなる。
「会議で一緒になるから、その時にでも聞いといてあげるよ」

会議開始の夕方5時半。
他の現場の最終検査に出ていた難波は、少し遅れて部屋に入り、俺の隣に腰掛ける。
「何か、凄く久しぶりな感じですね」
「2週間位だろ?」
「毎日見てた顔を2週間見ないって、相当ですよ?」
ヘルメットで乱れた髪を整えるように頭を撫でながら、彼はそう言って笑った。

遅延している工程をしつこく追求されながらも、何とかやり過ごすことが出来た2時間。
今日の仕事はこれからなのに、既に疲労感でいっぱいだった。
そんな気分の中、貯まった書類を片付ける俺の横で、後輩は帰り支度を始めている。
「そう言えば、難波さ」
「何ですか?」
「クリスマスとか、予定あんの?」
「・・・は?」
不思議そうな、かつ若干怪訝な顔をして、彼はその動きを止める。
すんなり笑って流してくれるだろうと思い込んでいた俺は、その予期せぬリアクションに軽く動揺した。
「え、何ですか?それ」
「いや、別に。どうなんだろうって思って」
「永瀬さんは、工事ですよね」
「俺は、そう、だけど」
微かに目を細めた、探るような眼差しが刺さる。
有りもしない下心を見せまいと、あくまでも自然に振る舞おうと試みる。
取り繕いは成功しただろうか。
「別に・・・何も無いですよ。いつもと変わらない、平日の夜かと」

不機嫌とは少し違う。
何て表現したら良いのか、適切な言葉が見つからない感情。
後輩は、工事頑張って下さいと呟きながら、俺にそんな視線を投げて会社を後にした。
本当は何かあるのに、俺に気を遣って、無いと言ったのか。
何かあったけれど、直前で拗れてダメにでもなったのか。
色々な邪推を繰り返したところで、彼の真意が分かる訳でもない。
『さっきの件、特に用事は無いとのこと』
そんなメモを白石さんの机に残し、工事の準備に取りかかる。


12月も半分を過ぎた現場は、いつも以上に慌ただしさを増している。
当然の様に、休日返上で現場に出る毎日。
疲労もピークに達していたのかも知れない。
「危ない!」
ホームに響く、誰かの声。
振り返ると、脚立の上から落ちる岸の姿が、まるでコマ送りの様に飛び込んできた。

頭を打たなかったことだけが、唯一の幸いだった。
「大丈夫か?」
問いかける俺の声に、彼は身悶えながら答を返す。
「あ、あぁ・・・ちと、背中、打ったみてぇ」
救急車の手配に走る者、担架を用意する者。
焦燥感を急き立てる雰囲気が、却って冷静な思考を産み出していく。
工事完了までは、あと僅か。
大詰めの段階で、一体誰が電気工事を仕切る?
こんな年末の忙しい時期に、代役を立てられるだろうか。
「奥さんには、連絡しておくから」
苦しそうに眉をひそめる同僚に声をかけながら、この先への思案を巡らせた。


「で、岸の容態はどうなんだ?」
「肩の骨にヒビが入った程度ですが、来週は当然出て来れないとのことで・・・」
朝6時半。
駅の事務室で事故対応に追われる中、上司から連絡が入る。
「参ったな、こんな時に」
空調・電気とそれぞれの工事を担当する部署は異なるが
同一現場の場合に限り、一人の部課長クラスの人間が統括することになっている。
「電気の方に、誰か暇そうな奴とか・・・」
「暇そうな奴なんかいたら、さっさとクビだ」
朝から無理難題を突きつけられ声を荒げる上司は、しばらく何かを考えた後で俺に訊ねて来る。
「永瀬、お前、電気も見られるな?」
「え、いや、出来ないことは無いですけど」
「じゃあ、お前が電気の方に移れ」
「でも、空調と一緒に見るのは、無理が・・・」
「そっちは、何とか人手を作る。とりあえず、今日はなるべく早く会社に来い」

□ 49_道標 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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蜜入りリンゴ

毎年、お歳暮にリンゴを贈って来る家が三軒あります。最近のリンゴは蜜入りで甘いけど、一軒位はミカンにして欲しいと思うのも毎年の事。生では食べきれないので、りんごのコンポートを作ります、勿論、夫が(笑)。
11月に交際を始めて、翌年の3月に結婚しましたから、結婚前のクリスマスは1回だけ!夫が新婚旅行に着るスーツを夫の叔父が作ってくれるので、義叔母と一緒に3人で仮縫い の調整をしにテーラーへ出掛けた後、披露宴会場に予定していた老舗のフランス料理レストランで2人で試食しました。エスカルゴと焼きアイスクリームが凄く美味しかったですね。
私の家では、国賓が宿泊する事で有名な某ホテルでの披露宴を希望したんですが、夫の叔父の「あそこは料理が不味い。」の一言で却下(笑)。その時は、息子の初節句の五月人形を私の実家でなく、夫の叔父夫婦が用意するとは夢にも思いませんでした。
まして、米国在住の米国人の夫の親戚宅で使用していた木馬が、男子誕生の度に転々と親戚宅を廻り、息子の1歳の誕生祝いに贈られて来たのには、唖然としました!
夫の従兄弟達が皆乗って遊んだ木馬は、息子が散々乗り倒した後、夫の従弟に男児が誕生したので、その家に移動しました(笑)。

剥いてくれる人。

大学の時、研究室で一緒だった女の子が、こんなことを言っていました。
「私も、誰かにリンゴ、剥いて欲しいな」
その時は大して気にもせず流してしまったのですが
何故か、リンゴが出回り始めるこの時期になると不意に思い出します。
切なげな表情に、ちょっと後悔なんかが混ざる、冬の記憶です。

先取りしすぎたクリスマスネタですが、書いていたのは真夏。
暑いと寒い頃のことが、寒いと暖かい時期のことが書きたくなるのは癖でしょうか…。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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