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道標(1/6)

夜11時半。
帰宅するサラリーマンに混ざり、同僚と二人、程ほど混んだ電車に乗り込む。
向かう先は、神奈川の中核都市にある駅。
作業服にヘルメットを提げたカバンを持った二人組は、若干浮き気味。
つまらなさそうに携帯で麻雀をする彼を横目に、俺は下品な文字を並べた中吊り広告を眺めていた。

「では、今晩も事故ゼロを目標に、頑張りましょう」
終電が終わった地下鉄の駅構内に、作業員たちが散っていく。
仮設の資材置き場に置かれた足場を組み直す作業から、工事は始まる。
駅での空調工事の監理を任されて2ヶ月。
工事が可能な時間は終電が過ぎる夜の12時半から、初電が走り出す朝4時半まで。
当然朝から会社に出ることは出来ないので、特別なことが無い限り、夜からの出社になる。
お陰で、部署内ではすっかり "あの人、誰?" 状態だ。

「随分眠そうだな、岸」
同僚の岸は、電気工事の監理を担当している。
空調工事専門のサブコンの中で、彼がいるのは電気設備に精通した人間が集まる部署。
数年前から続く不況を受け、空調と電気抱き合わせで工事を受注できるようにと新たに作られた。
「永瀬こそ、よく、こんな生活が平気だな?」
「元々夜型だし。そんなにきつくないよ」
「オレはまともな人間だから」
「何だよ、それ。俺がまともじゃないみたいじゃねぇか」
「年明けからは、また昼の仕事なんだぞ?」
今やっている工事の工期は年末いっぱい。
正月の休みを挟み、生活スタイルは元に戻さなければならない。
「一日寝てりゃ、元に戻るだろ」
「嫁と子供の前で、そう言ってやってくれ」
ホームの向こうから、空調機を吊っている作業員が俺を呼ぶ。
「ま、後2週間ちょっとだから、頑張ろうぜ」
疲れた笑顔を見せる同僚の肩を叩き、仕事に戻った。


朝4時。
工事時間の期限が迫り、現場では仮設足場の撤去作業と片付けが始まる。
同時に、各工事の監理者が進捗状況の取り纏めを行うのが、一日の最後の工程だ。
「電気は随分先行してる感じですかね?」
「そうですね、後は制御関係が主になってくるかと」
「空調はどうです?」
「思った以上に苦戦してますね。工期には間に合うと思いますけど」
今回の工事は、今まで床置だった空調機を、全て天吊に取り替えるというもの。
撤去はスムーズに行ったものの、天井に空調機を吊る段階になって、部材の耐震性に問題が発生した。
公共性の高い駅のような建物には、より厳しい耐震基準が設定されている。
それをクリアする為に、設計段階には無かった工事が追加されてしまったのだ。
「厳しいようでしたら、適宜人員追加で、お願いしますね」
「分かりました」


外に出ると、細かな雪がちらついていた。
「さみぃな、おい」
「冬だからな」
これから眠らなきゃならないと言うのに、目が覚まされるような寒さ。
でも、こんな寒さは、嫌いじゃない。

駅前のバスロータリーには、一台のワンボックスカーが停まっていた。
「奥さんも、毎朝大変だな」
煙草に火を点ける俺に視線を向けた岸は、意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前も、早く身、固めろよ」
「その内な」
「じゃ、お疲れ」
俺に背を向けた彼は、軽く手を上げて奥方の運転する車に乗り込んだ。
ハザードを2、3回点滅させた車が、夜明けの街に消えて行く。
そのテールライトを眺めながら、冷たい空気と一緒に、煙を吸い込む。

迎えに来てくれるような相手がいない俺は、毎朝タクシーでの帰宅を許されている。
現場から車で15分ほどのところにある岸の家と比べ、俺の家はここから1時間かかる場所。
初電を待って帰れとは、流石にウチの会社でも言えなかったのだろう。
特別だからな、と眉をひそめた上司の顔を思い出す度、してやったりの気分になる。
とは言え、さほど大きくも無い駅のタクシー乗り場には、客待ちの車は殆どいない。
初めの内は、わざわざ電話して呼んでいたのだけれど
2、3回同じ運転手に乗り合わせた時、向こうから、この時間に来ることを約束してくれた。
視線を上げると、絶妙なタイミングでやって来る、一台のタクシー。
煙草の吸殻を灰皿に入れ、俺はその車に向かう。

「お疲れ様です。毎日、大変ですね」
軽く微笑みながらそう話しかけてくれる彼は、多分俺と同じくらいの歳だ。
タクシーの運転手としては、まだ若い方だろう。
事実、この職に就いてからそれほど経っていないんだと話していたことを思い出す。
「後、ちょっとなんで。今が踏ん張り時ですよ」
柔らかな声に、少し明るさを乗せて返した。

すっかり見慣れた夜明けの街。
車が信号に捕まったタイミングで、彼はこちらを振り向いた。
「そうだ、これ、良ければどうですか?」
そう言って手渡されたのは、袋いっぱいのリンゴ。
赤いのだけではなく、黄色や黄緑、様々な色で溢れている。
「え・・・これ」
「田舎から大量に送られて来たんですけど、一人じゃ食べきれなくて」
「でも、良いんですか?」
「家には、その10倍位ありますから」
呆れたような笑い声とともに、信号が青に変わる。
「そりゃ、3食リンゴでも無くなりませんね」

□ 49_道標 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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