Blog TOP


道標(3/6)

現場監督、職長、上司、そして電気工事監理は殆ど経験の無い俺。
打合せスペースの机に広げられた施工図を見ながら、何とか引き継げるだけの情報を共有する。
朝の9時過ぎまで事故対応に追われ、今が夕方4時。
誰もが睡魔と疲労を背負いながら、崩れかけた工程の修復に必死になっていた。

「失礼します」
そう言って部屋に入ってきたのは、難波だった。
少し眠そうな顔に、作業服姿。
彼の顔を認めた上司は、俺に向かって言う。
「お前の代わりは難波がやるから、軽く引き継いでくれ」

朱書きのチェックが所狭しと入れられた施工図を見ながら、後輩に現状を報告する。
「一先ず、天井内は概ねケリがついてるから、後は機械室の配管切り回し部分だな」
「ここまでが既設ですね?」
「そう。この竪部分までは撤去が済んでるから、後は、ここから繋ぎ込みする感じで」
俺の話を聞きながら、後輩は自らのノートに細かな字でチェックするべき部分を書き込んでいく。
メモ魔と揶揄されるほど神経質に物事を書き留める癖は、新人の頃から変わらない。
少しやりすぎだろうと思うこともあるけれど、見習うべき部分であることは、重々承知している。
「何かあれば、聞いてくれれば良いし」
「分かりました。頼りにしてます」


電車の外に流れる家々には、色とりどりの電飾が輝く。
やがて地下に吸い込まれた車窓は、黒い背景に俺たちの姿を映しだした。
隣に立つ後輩は何をする訳でもなく、ぼんやりと吊革にぶら下がっている。
休みも出ずっぱりで、正直曜日感覚もあまり定かでは無くなって来ているが
確か、クリスマスイブはもうすぐだ。
脳裏に、白石さんの顔が浮かぶ。
「お前、クリスマス、予定無いの?」
窓越しに問う俺に、彼はやはり窓越しに答える。
「無いって、言いませんでした?だから、監理も引き継いだんですよ?」
「いや、まぁ・・・そうだけど」
俺の伝言は伝わったはずだし、多分、彼女も何らかの行動を起こしたはずだ。
濁した語尾に、何か感づいたのか。
難波は俺に視線を投げ、何か言いたげな表情を見せる。
居た堪れなくなってあらぬ方向に眼を向けると、彼はそれ以上、何も言わなかった。


工事もほぼ終盤となれば、作業員たちの方がその流れは良く分かっている。
「ホント、迷惑掛けてすまない」
現場がよっぽど気にかかるのか、夜中の3時過ぎに電話をかけてくる同僚にも助けられつつ
周りに教えを乞いながらの監理は、何とか形になっていたようだった。
それは突然職務を押し付けられた後輩も同じようで
若輩者である姿勢を前面に押し出しながら職人たちと話し合う姿は
彼なりの現場への溶け込み方なんだろうと、若者の特権を少し羨ましく思ったりもする。

「夜間って、思った以上にハードですね」
目まぐるしく過ぎた一日を終えた朝。
疲れた素振りを隠そうともしない後輩は、そう言って苦笑する。
「夜はやったこと無いんだっけ?」
「初めてです」
喫煙所の壁に寄りかかる彼は、溜め息をつきながら煙草に火を点ける。
「よく何ヶ月も続けられますね、こんな生活」
岸に同じようなことを言われたのを思い出し、何となく卑屈になる。
「まともじゃないからな、俺は」
「そんなこと、言ってませんけど」


共に会社の借り上げマンションに住む俺と難波は、最寄り駅が一緒だ。
だから、タクシーは1台で済む。
そんなことまで考えているのかどうかは知らないが、会社には都合が良いだろう。
「今日は、お二人なんですか」
運転手の彼は、そう言いながら車を発進させる。
「ちょっと後輩に手伝いに来て貰う事になったんで」
「大変ですね、この年末に」
「先輩のピンチを救う為ですから」
まどろみを湛えた目をした後輩は、そう言って笑った。

肩にかかる頭の重みが腕を痺れされる。
すっかり寝入ってしまった後輩の身体を無碍に押し返すことも出来ず
倒れかけた身体を支えながら、流れていく街を見ていた。
「年末は、帰省したりするんですか?」
運転手の彼は、明けて行く空に向かって、話しかける。
「今年はバタバタしてるんで・・・どうしようかと思ってますけど」
実家は宇都宮にある。
日帰り出来る距離と言う意識が、却って足を運ぶ機会を奪っているような気もする。
「運転手さんは、帰省されるんですか?」
「私たちの仕事は年末も何も無いですけど、一応帰ろうかと」
「田舎はどちらなんですか?」
「秋田の北の方なんですよ」
日本地図を思い浮かべて、何となくの場所を想像する。
「じゃ、冬は大変でしょう」
「雪は深いところですね。でも、待っててくれる人がいるんで」
「ご家族?」
「仲の良い友達がいまして。盆暮れには酒を飲もうって決めてるんですよ」
何処と無く嬉しそうな彼の声で、学生の頃の友達の顔を思い出す。
もう、何年も会ってない。
多分、改めて機会を作らなければ、この先も会うことは無いのかも知れない。
「この歳になると、そう言う繋がりが、無性に恋しくなるものなんですよね」
彼のそんな言葉に、背中を押される。
久しぶりに連絡してみるか、そう思いながら、携帯のアドレス帳を眺めた。

□ 49_道標 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR