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邂逅(1/5)

「お電話ありがとうございます。空調機担当、安斎でございます」
「すみません、ちょっと床置ファンコイルについて聞きたいことがあるんですけど」
「どういった内容になりますでしょうか」
「オプションで電気ヒーターを付けたいんですが」
「機器の型番は、お分かりになりますか」
「えっと・・・」

都心から電車で30分、ほぼ神奈川との境に建てられた工場の一角。
膨大な技術資料が収められた棚を背に、20人程度の社員がディスプレイに向かっている。
空調機メーカーの技術サポートとして、あらゆる問い合わせに応じる毎日。
ここに勤め始めて、もう5年。
とは言え、新製品に加え、過去何十年にも渡り開発されてきた機器の数々が並ぶ。
全てが頭に入るはずも無く、データ化された資料とにらめっこの日々が続いている。

「では、お調べ致しますので、折り返しのご連絡先をお伺いしても宜しいでしょうか」
客の電話番号を問い合わせシートに入力していく。
その時、画面に着電を知らせるサインが飛び込んで来た。
急いで電話を終わらせると同時に、向かいの席の先輩が声をかけてくる。
「安斎君指名でかかってきたから。対応してくれる?」
「分かりました」
多い時には1日50件を超える問い合わせを受け持つ。
画面に表示されている電話番号は、市外局番092、九州の辺りだ。
過去の履歴に、その番号は無い。
「お電話替わりました。安斎です」
「有吉設備設計の浜中と申します。御社の空冷チラーについてお伺いしたいのですが」
電話が遠いのか、声が小さい。
けれど、その声を聞いて、俄かに鼓動が早くなる。
ずっと探していた、声。

***********************************

彼と初めて顔を合わせたのは、今年の年明け。
高効率の空冷熱源機を前面に押し出したラインナップをプレス発表し、問い合わせが急増した時期。
緊急募集したサポート補助の契約社員としてやってきた3人の中の一人が、彼だった。
客との対応よりも、資料を検索し、必要であれば工場への問い合わせも行うのが彼らの仕事。
年齢層の高い技術サポートの中で、珍しく俺と同年代の彼。
休憩時間や帰宅する時など、一緒に話すことも徐々に増えて行った。

「浜中君って、前は何の仕事してたの?」
「設備設計の事務所にいました」
「ああ、だから、設備に詳しいんだね」
事実、同時期に採用された契約社員は、殆どが素人。
あくまで補助的役割なので、知識は要求されていないけれど
その中でも彼は使える人間として、周りの社員から見られるようになっていた。
「会社は、辞めたの?」
「いえ、資金繰りが厳しくなって、畳まれてしまいまして」
「そうなんだ・・・」
「とりあえず、一旦契約社員やりながら、再就職を目指そうかと」
「設計?」
「出来れば」
はにかむ浜中君の向こうに、最寄り駅が見えてくる。
「じゃ、お疲れ様でした」
そう言って、彼は駅近くに設けられている自転車置き場へ歩いていく。
近くに住んでいるとは言うものの、家までは自転車で20分以上もかかるらしい。
「気をつけて」
軽く手を上げて言った俺の一言に、彼は笑顔の会釈で返す。
同期にも後輩にも恵まれなかった俺にとって、彼の存在はちょっと憧れていた時間を与えてくれていた。


鄙びた、と言う形容詞が良く似合う喫茶店。
駅前にあるチェーン店のコーヒー屋にすっかりやられてしまったのか、人の入りは少ないけれど
広めの店内と大きめのテーブルが、まさに一服をするのにもってこいの店だ。
何より、全席喫煙なのが、近年肩身の狭いスモーカーには嬉しい。

「ナポリタンと、コーヒーで」
「僕はAセットとチョコレートパフェを」
「・・・好きだねぇ」
「これだけが楽しみみたいなもんですから」
残業で遅くなったりすると、ここで浜中君と晩飯を食うことも多い。
その時、彼は決まって食後に甘い物を頼む。
初めは、スーツ姿のサラリーマンがパフェを食べる目の前の光景に違和感を持っていたけれど
美味しそうに食べる至福の表情を見ている内に、そんなことはどうでも良くなっていった。

「いろいろ、食べ歩いたりするの?」
こってりしたナポリタンの余韻をコーヒーで流し込みながら、長いスプーンを操る彼に声をかける。
「前の会社は幡ヶ谷にあったんで、ちょっと新宿に寄ったりはしてましたね」
「一人で?」
「流石に、一人で食べる度胸は無いんで。もっぱらデパ地下で目に付いた物を買う感じです」
「この辺はつまんないでしょ。何にも無いもんね」
「まぁ、その分、休みの日の楽しみが増えましたから」
そんなに甘いものが好きな訳じゃないけれど
楽しげな彼を見ていると、何となく食べたい気分になってくる。
「じゃ、今度、何かお勧めの物、教えてよ」
煙草に火を点けながら何の気なしに発した言葉で、彼の表情が一瞬強張った。
「え、ええ・・・良いですよ」
あからさまな作り笑い。
何か気に障ることでも言っただろうか。
短い間に起こった複雑な心境の変化を、俺は不思議に思うことしか出来なかった。

□ 47_邂逅 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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