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邂逅(4/5)

彼に変化が表れ始めたのは、GWも過ぎたくらいのことだった。
「どうしたの?それ」
右目の下から頬にかけて出来た痣。
赤黒い状態が所々に残り、その痛々しさに思わず顔をしかめた。
「ちょっと・・・自転車で転んじゃいまして」
確かに、昨日の夜は雨が降っていた。
「病院は?」
「いえ、そこまでじゃ、無いんで。大丈夫です」
口の中も怪我しているのか、口調もぎこちない。
「あまり酷いようなら、病院行った方良いよ?」
「分かりました。ありがとうございます」
痛ましい笑顔を俺に向けながら、彼はオフィスへと入って行った。

同居人がいる、と言うのは、彼との会話の中から導き出された俺の仮説だ。
ただ、それが彼女なのか家族なのかは分からない。
それでも、あれだけの傷を付けた同居人が帰宅したら、普通は病院に行かせるもんじゃないだろうか。
仕事中、時折顔を手で覆いながら痛みに耐えているような彼の姿を見るなり、そんな疑問が頭を巡った。


普通、日を追うごとに傷は癒えて来るもののはず。
けれど、彼の顔からはいつまで経っても痣が消えることは無かった。
流石にその様子を怪訝に思い始めて来た周囲の人間が、あれこれと詮索を始める。
彼もそれを分かっているのだろう。
俺が声をかけても、昼食や夕食を一緒にとることは少なくなっていった。

そんな姿を、少し居た堪れなく感じて来ていた頃。
トイレの洗面台の前でうな垂れている彼と鉢合わせした。
スラックスからワイシャツを引き出し、腹の辺りを擦っている様子に、嫌な予感がする。
「そこも、怪我、してるの?」
「あ、いえ・・・大丈夫です」
急いで服装を整えようとする彼の手を制し、ワイシャツを捲り上げる。
腹の辺りに付いた、みみず腫れのような傷が、幾つも目に入った。
「こんなの、自転車で転んだくらいじゃ、ならないよね」
目を伏せる彼の顔を覗きこむように、訊ねる。
暴力を受けて付いた傷であることは、明白だった。
「誰に、やられたの?」
同僚は俺と目を合わせないようにしながら、唇を噛む。
「ホントに、何でも無いんです」
何でも無い訳が無い、そう問い詰めるには、彼の表情はあまりにも弱々しかった。
かけるべき言葉を探す俺の手を、彼は優しく解く。
「何か、相談に乗れることがあれば、言って」
黙ったままで身嗜みを整え、軽く会釈をして、彼はトイレから出て行った。


翌日、彼は会社に出勤して来なかった。
「家族の方から、今日はお休みさせて頂きたいって連絡があって」
「家族?」
「ええ、浜中の家族ですがって、おっしゃってましたけど」
妙な不安が、心から消え去らない。
休み時間、彼の携帯に電話をかけてみたが、すぐに留守電になってしまった。
一体、彼に何があったのか。
何かに苦しんでいるのなら助けてあげたいと思うのに、俺にはその術が無い。

夜、いつものように喫茶店に入る。
窓際の席に一人で座り、煙草に火を点けたタイミングで、携帯に着信があった。
咄嗟に出ようとすると、電話は切れた。
履歴には、浜中君の名前。
すぐにかけ直すと、電話に出たのは知らない男の声だった。
「あんたが、安斎か」
尋常じゃないトーンに、少し声が震えた。
「は?あんた、誰?」
「浜中に、あんまりちょっかい出すなよ」
「・・・何言ってんの?」
「邪魔なんだよ、あんた」
意味が分からない。
噛み合わない会話に、苛立ちが募る。
「浜中君、いるなら、代わってよ」
「代わる訳ねぇだろ。こいつ、オレのもんだから。手ぇ出したら、ただじゃおかねぇぞ」
気味の悪い捨て台詞と共に、電話が切られる。
その後、何回かけても、一向に電話は繋がらなかった。

彼と仕事をするようになって、もう5ヶ月。
それなのに、俺は、あまりにも彼のことを知らない。
そして、あの男は誰なのか。
父、兄、友人・・・男を "俺の物"と呼ぶような関係性が、俺には想像も付かない。
しかも、俺は彼とは同僚という関係なだけで、それ以上の繋がりは何処にも無い。
電話越しに放たれた捨て台詞が、頭にこびりつく。
知らない内に、厄介なことに巻き込まれているような気がして、気分が悪くなった。

□ 47_邂逅 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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