Blog TOP


邂逅(2/5)

近所のスーパーには、近寄りがたい一角が出来つつある。
色とりどりのパッケージに包まれたチョコレートの数々。
昔から縁遠かった、その日。
気がつけば、妬みと諦めを改めて実感させられるだけのイベントになっていた。

男ばかりの職場で働く女性陣は大変なんだろうと、しみじみ思う。
こんな習慣止めれば良いのに、なんてことを言うと可哀想な目で見られることは確実だから
とりあえず、毎年、山のように買いこまれた安い義理チョコを貰う羽目になる。

「今年は、ちょっと違うんです」
忙しさも一段落した午後3時。
平べったい箱を持った花岡さんが、意味ありげな笑みを浮かべながら席に回ってきた。
彼女が差し出した箱の中には、如何にも高そうな見た目をしたチョコレートが並んでいる。
「この中から、お好きなの2つどうぞ」
「2つだけ?」
「たくさんあげても、喜ばないじゃないですか。なら、美味しい物を少しだけの方が良いかなって」
「ま・・・それも一理あるね」

一欠けらの金粉が載ったもの、抹茶色の粉が綺麗にコーティングされているもの。
優柔不断な性格は、こんな時にも発揮される。
「ん~・・・俺は、残り物で良いよ」
「僕のお勧めは、このオレンジピールが載ったやつと、ヘーゼルナッツですね」
差し出した指を引っ込めようとするタイミングで、他の指が箱の中のチョコレートを指差す。
顔を上げると、花岡さんの背後に浜中君が立っていた。
「なるほど・・・浜中君の入れ知恵か」
「入れ知恵って。僕はアドバイスしただけですよ」
「私たちの分もって、逆チョコ貰っちゃったんです」
「何、それは、俺からも欲しいってこと?」
「そう言う訳じゃないですけど。このハードルは、相当高いですしね」
爽やかな見た目の男から貰う、ちょっと高そうなチョコレート。
そりゃ、冴えない俺から見れば、超える気にもならないハードルだな。
「どうしてもって言うなら、貰ってあげてもいいですよ?」
勝ち誇ったような顔で、彼が選んだチョコレートを付箋に置く彼女。
その態度を恨めしく思いながら口に運んだ貴重品は、確かに、美味しかった。


いつものように駅前の喫茶店で夕食を済ませる。
空になったパフェグラスを前に、浜中君は何処かもどかしげな口調で言った。
「ちょっと・・・誤解を生みそうな感じなんですが」
「ん?」
「前に、お勧めの物があったら、って話、してたじゃないですか」
「ああ、お菓子?」
「ええ、それで、買ってみたんですけど・・・」
そう言いながら、彼はカバンの中から小さな箱を取り出す。
派手なラッピングはされていないけれど、それが何なのか、大方予想は付いた。
「いや、この時期にしか出ない物とか、結構あって・・・」

この歳になるまで、チョコレートを貰ったことなんて、何回あっただろう。
小学生の頃までは、母親がくれていた。
それが無くなった中学生の頃からは、哀れに思ったのか、姉がくれるようになった。
高校を卒業する頃には、そんな習慣も無くなり
奇跡的に卒業直前にクラスの女の子から貰った1個以来、多分誰からも貰った覚えが無い。
まさか、ここに来て、男から貰う羽目になるとは思わなかった。

言い訳を織り交ぜながら、その商品が如何に貴重なものであるかを力説する彼。
チョコレートに罪は無い。
恐らく、彼にも罪は無い。
素直に喜べば何てこと無いことのはずなのに、少し惨めな気分になったのは、きっと俺が悪いんだろう。
くだらない感情を振り払うように、彼から箱を受け取り、笑顔を返す。
「じゃ、来月は俺が何か返さないと、ね」
「そんな、良いんです」
少し照れたような表情で、彼は俺から視線を外した。
「僕は、誰かにあげる方が、好きなんで」
「だから、女の子たちにもあげたの?」
「ああ、あれは、正確に言うと・・・」
花岡さんの言葉には、若干の誇張が含まれていたようだ。
彼が女性陣にアドバイスを求められた際、幾つかの店を紹介したところ
テンションが上がった彼女たちに、私たちも欲しい、と散々せがまれたとのことだった。
「あそこまで言われると、流石に無碍にすることも出来ず」
「浜中君、弱すぎるよ・・・」
「でも、彼女たちには相応のお返しを頼んでおきましたから」

微笑みながら窓の外を見る彼の表情が、ふと変わる。
「うわ、雪か」
「そういや、今日は夜から雪って言ってたっけ」
「本格的に降り出す前に帰らないと、まずいな」
「自転車じゃ、やばくない?」
「とりあえず、危なくなったら押して帰りますよ」
手早く荷物を纏める彼のカバンの中に、一瞬、俺が手にしている箱と同じ物が見えた。
ああ、彼女にでもあげるのかな。
何となく浮かんだ疑問は、口に出さないままにした。

□ 47_邂逅 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

煩わしい行事

安斎にあげたのと同じチョコは、浜中の自分用だったりして…。
ところで、義理チョコに加えて最近は友チョコなんてあるんですね。
今年のバレンタインは小学生として最後なせいか、娘はクラスの女子全員から友チョコを貰いました。ほとんどが手作りだった。娘は誰にもあげませんでしたが(笑)。
ホワイトデーに渡すお返しをデパ地下に買いに行くのも煩わしい限り。夫のお返しを妻が選ぶのも、良く考えりゃ変ですよね!?
息子が貰った数の最高記録は、大学1年の時。女子達から貰ったチョコの内、ラッピングされたままのチョコを独りあたり数個ずつ友人達にあげた残りを、独りで全部食べるのに1ヶ月近くかかったというもの。貰った数が多いので、ホワイトデーのお返しは勘弁して貰ったらしい。まるで、芸能人かっ!?

マーケティングの勝利。

昨今のバレンタインデーやホワイトデーの商戦は
昔に比べるとかなり熾烈になっているように思います。
男女間のみならず、友達、果ては自分用にと煽るマーケティングに載せられる消費者。
不況と言いつつ平和なのかなと、あの時期のデパ地下を見やる度に感じを得ません。
まぁ、毎日同じような生活の中で、こういったイベントがあるのも悪くないのかと
最近は考えるようになりましたが。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR