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邂逅(5/5)

2、3日の欠勤の後、浜中君は通常の業務に戻った。
けれど、職場での浮き具合は、更に大きくなっていく。
俺との会話も、業務で必要なもの以外、全くと言って良いほど無くなっていた。
もちろん、あの電話のことも聞けないままで、ただ時間だけが過ぎる。

彼が半年の契約を延長しないという話を聞いたのは、6月も中旬になってからだった。
再就職が決まったからだという理由らしいが、真意は分からない。
「浜中君、6月いっぱいで辞めるんだって?」
帰り際、急ぎ足で帰ろうとする彼を呼び止めた。
「ええ、やっと、就職が決まったんで」
「設計事務所?」
「そうです」
「そうか、良かったね」
「はい、ありがとうございます」
軽く微笑んだ彼は、俺に背を向けて歩き出す。
その態度に、寂しさと悔しさが募る。
何でなんだよ、俺が何かしたのか?
「ちょっと、待ってよ」
「すみません、早く、帰らないと」
「あの男のとこに、帰るの?」
一瞬足を止めた彼が、振り返る。
辛そうな目をしたその表情が、心に刺さった。
「・・・お疲れ様でした」
少し頭を下げ、再び背を向けた彼は、早足で去っていく。
それが、彼とまともに話を交わした最後の機会だった。


全てを謎に包んだまま、同僚は会社を去って行った。
当然、携帯は通じない。
何処に就職したのかも、分からない。
俺に出来ることは、何も無かったんだろうか。
姉にせがまれ、ことあるごとに買わされるマカロンの味が、彼の笑顔と重なって、辛かった。

***********************************

サポートセンターでの通話記録は、全て録音されている。
思いも寄らない人物からのコールに落ち着かない気分をなだめながら、質疑に答えた。
「では、折り返しのご連絡先をお伺いしても宜しいでしょうか」
そう訊ねた俺に、彼は遠く離れた地の電話番号を返す。

もう、会うことは無いんだろうか。
もう、彼とたわいも無い話をして時間を過ごすことは、出来ないんだろうか。
急に込み上げた感情を押し込めるように、一つ溜め息をついて、言葉を付け加えた。
「もし、何か相談に乗れるようなことがあれば、私の方に、ご連絡頂けますか」
緊張で震える声に、彼は優しい物腰の口調で分かりました、と答え、電話を切った。

俺の真意は、あの言葉で、伝わっただろうか。
そう思いながら技術資料を検索しようとした瞬間、携帯の振動を感じる。
ディスプレイには見知らぬ番号。
逸る気持ちが、抑え切れなかった。
「お電話、ありがとうござい・・・」
「私用の電話にも、そうやって出るんですか?」
思わず口から出た言葉にうろたえる俺に、彼はそう笑う。
「いや、つい・・・」
「すみません、なかなか、ご連絡できなくて」
「・・・久しぶりだね」
「ご無沙汰してました。お元気でしたか?」


改装も済んで、少し明るくなったような気がする喫茶店の中。
申し訳程度に置かれた小さめのクリスマスツリーが、視界の隅でチカチカと派手な光を放っていた。
いつものように窓際に座り、煙草を吸いながら、携帯電話を手にする。
程なく、半年間探し続けた答えが、小さなスピーカーから漏れ聞こえて来た。

彼とあの男が、恋人同士であったこと。
俺と彼との関係を怪しんだ男が激昂し、彼に暴力を振るい続けていたこと。

「情けないことに、それでも、嫌いになれなかった」
男同士の恋愛、俺の想像を遥か上を行く事実。
返す言葉も見つけられないまま、俺は黙って彼の話を聞いていた。
「でも、安斎さんに、話をつけるとか言い出して・・・急に、怖くなって」
その時の恐怖がぶり返したのだろうか、彼の声に幾ばくかの震えが混ざる。
「逃げたい、そう思うようになりました」
「だから、九州に?」
「偶然、前の会社の社長のツテで話が来ていたので、すぐに乗る感じで」
「どうして、俺に、何も言ってくれなかったの?」
「すみません・・・つまらないことで、ご迷惑かけたくなくて。それに」
一呼吸置いた彼は、何かを吹っ切るような口調で続けた。
「ゲイだなんて、知られたくなかった」
確かに、俺はこの話を、彼の目の前で聞く勇気は無かったかも知れない。
同性愛に特別な嫌悪感がある訳でもないけれど、ああそうですかと聞き流すことも出来ない。
そんな複雑な表情を見たら、きっと、彼は傷つくだろう。
それでも。
「それでも、俺は、言って欲しかったよ」

火が消えてしまった煙草を灰皿に押し付け、遠くのツリーを見遣る。
改めて、テーブルの広さを実感する。
向かいの席に誰もいない寂しさ。
どうやったら、紛らわせるんだろう。
切ない溜め息だけが、携帯電話にこだました。


「何それ、私に?」
「まさか、違うよ」
年の瀬、大きめの包みを持った俺を見た姉は、物欲しそうな視線を浴びせてくる。
「姉ちゃんの分も、買ってあるから」
そう言って小さな包みを渡すと、あからさまに不服そうな顔をした。
「これは・・・片思いの子に、あげるんだよ」
「まだ片思いしてるの?まさか、いい歳してアイドルとかじゃないでしょうね」
「だから、違うって」

時計を見ると、もうそろそろ新幹線が着く時間。
短い正月休みに帰省してくると言う彼とは、彼の地元で待ち合わせをしている。
得も言われない緊張感。
こんな気分は久しぶりかも知れない、そう思いながら、俺は大きなマカロンの包みを手に家を出た。

□ 47_邂逅 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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1周年☆

blog開設1周年、おめでとうございます。
いつも楽しく拝見しています。

何気ない日常の中での、心のふれあいや暖かさ、揺れ…。
大人の男性の、穏やかな中での情熱、純粋さ、孤独。
そんなまべちがわさんの作品が大好きです。
この二人も、ずっと繋がる関係になるといいな~♪

これからも楽しみにしています☆

開心果

ピスタチオは中国語では『開心果』という。安斎の心も開いたのか?
余韻の残る終わり方…。
読んでいてマカロンを食べたくなったので、デパ地下で買いました。でも、ピスタチオは娘に食べられました(笑)。

ありがとうございます&盲点。

>nanaさま

ありがとうございます。
もう辞めようか、いつ辞めようか、そう思いながら何とか1年が経ちました。
話が何も浮かばず、途方に暮れることもありますが
これからも、末永く見守っていただけると嬉しく思います。


>夜来香さま

最近、花言葉をチェックするようにはなりましたが、中国語までは盲点でした…。
意味深な名前で、本当にホッとしました。
ピスタチオ味のお菓子、正直そんなに馴染みがありません。
食べれば味を認識する事は出来ますが、思い出せる味ではないですね。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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