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着水(4/5)

「すみません、ホント。・・・忘れて下さい、全部」
眉間に皺を寄せ、目を細めて遠くへ視線を投げる後輩が、独り言のように呟く。
降って湧いた様な後輩の独白を、忘れられる訳が無い。
感情を乱されたことへの憤りが口調を激しくさせた。
「勝手なこと言ってんじゃねぇよ。なら、初めからそんなこと言うなよ」
「・・・そうですよね。こうなることは、分かってたのに」
全てを拒絶されることに対して、心の準備をしていた後輩。
何の準備も無く、ただその言葉に翻弄されている俺。
イライラは募る一方だった。
「これから、どうやってお前に接して行けば良いんだ?これまで通りなんて、無理だぞ?」
「仕事以外では、無視して下さい。あからさまでも、良いんで」
「は?」
「オレも、極力、麻生さんには近づかないようにしますから」


これまでの関係を全て断たなければならないことなんだろうか。
形容しがたい無常感が、身も心も重くさせる。
もし今日が何事も無く過ぎて行っていたとしても、恐らく同じ場面に遭遇する時が来たんだろう。
感謝の言葉を言い残して去っていった後輩の背中は
自らが招いた最悪の結果に打ち震えているように見えて、辛かった。
いよいよ暗くなってきた池の周りでは、僅かばかりの街灯が点灯を始めている。
ベンチに腰掛けたまま、俺はそこから動く気力も無かった。

住処に帰り損ねたのか、一羽のカモメが暗がりの水面に浮かんでいた。
やがて、カモの大群に追い立てられるように岸へ上がり、何かを探している風に首を振る。
寂しいんだろうか。
あるかどうかも分からない空想上の感情に、自分の感情が俄かに重なる。
先輩と後輩としての関係は、良いものだったと思う。
当たり前だと思っていた繋がりが捻れるもどかしさ。
社員旅行以来、重なってきた好意的な感情が崩れていく悔しさ。
俺は、今の状況を失うのが、寂しいんだろうか。
そうなることが分かっていて、それでも彼は気持ちを打ち明けた。
心地良かった場所を失ってまでも、慣れない水に飛び込む決意をしたのは、何故なのか。

視界の中にいた白い鳥が夕闇に飛び立つ。
仲間のところに、自分の場所に、帰るんだろう。
元には戻れない壊れた関係を憂う。
帰路に付くカモメを見ながら、羨ましさが込み上げた。


2週間は短すぎた。
どう接して良いのかの答も出ないまま、俺は研修明けの後輩を迎える。
「これ、引き継いだ資料。大きくは変わって無いと思うから」
「ありがとうございます」
傍から見れば、ごく普通の会話。
けれど俺は、その居心地の悪さに酷い嫌悪感を覚える。
「研修、どうだった?」
「現場は大変ですね。改めて実感しました」
些細な受け答えも、ぎこちなく、続かない。
後輩の意思がそうしているのか、無意識の内に俺がそうしているのかは、分からなかった。
ただ、そんな付き合いを繰り返していれば、当然距離は開いてくる。
そう実感するまで、大した時間はかからなかった。


「麻生さんは、こういうの興味ありますか?」
ある日の打合せ後、計装機器メーカーの営業が一通の封筒を差し出して来た。
「何ですか、これ?」
「ウチの親会社が協賛してるんで、お付き合いのある会社さんにお配りしてるんですよ」
封筒の中には、印象派絵画展、と題されたチケットが一枚。
デザインのモチーフになっていたのは、あの時に見た絵によく似た油絵だった。
「私は詳しくないんで、よく分からないんですけどね・・・。有名な画家の絵の展覧会だそうで」
「頂けるんですか?」
「どうぞどうぞ。他に何枚かご入用であれば」
食い入るようにキャンバスに向かう真摯な眼差しが、思い返された。
「じゃ、もう一枚、頂けます?」

本橋との関係は、あれからどんどん薄くなり、殆ど見えなくなっていた。
これが彼の望んだ結末だったのか。
そう思う度に、心が沈んでいくようだった。
ただ、彼の想いを受け入れると言う道に進むには、当然のように躊躇いがある。
時が経つにつれ、その先にあるであろうことを想像できるようになってきたけれど
現実として飲み込むには、あまりに大き過ぎた。
何処かに、解決の糸口を見つけ出そうと必死になっている、自分がいた。


昼食時間、後輩の居場所を探すのは容易かった。
「ここ、空いてるか?」
会社の裏手にある蕎麦屋。
彼の行きつけで、何度も誘いを受けた店だ。
正直、蕎麦よりはうどんの方が好きな俺は、誘いを受けない限り足を踏み入れたことは無い。
「え、ええ」
俺の顔を見て、明らかに動揺した後輩の向かいに座る。
バツが悪そうに、しばらく携帯を弄った後、彼は俺の顔を窺いながら言った。
「・・・どうしたんですか?珍しいですよね、この店に来るの」
「ああ、お前がいるだろうと思って」
「何か、お話でも?」
「今日、計装屋に貰ったんだけどさ」
そう言って、俺は封筒を彼に手渡す。
あたかも、賭けに出たような気分だった。

□ 33_着水 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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美術館の楽しみ

京都府大山崎町のアサヒビール大山崎/山荘美術館。
古い洋館の本館に対して、安藤/忠雄さん設計のコンクリートの新館。
モネの『睡蓮』がメインです。
建物と絵画と両方楽しめますよ。

滋賀県の信楽高原にあるミホ/ミュージアムもユニークな建物の美術館。
吊り橋を渡って美術館へ行くんですが、結構距離があるので無料送迎の電気自動車に乗ると便利だし、道中が楽しいです。
館内のレストランで食べられるプリンが濃厚で美味しい。
因みにこの美術館は某宗教団体の美術館。でも、一般公開されているし、館内に宗教っぽいところは無いので、普通の美術館として楽しめます。
それにしても、日本って美術愛好家が多いですよね。有名な展覧会だと多数の人が押し掛けます。特に、印象派は人気が高い。

さて、この2人、美術館デートが実現するんでしょうか!?
続きを楽しみに待ちますね。

調和と異空間。

有名画家の展覧会なんかがあると、本当に美術館には長蛇の列が出来ています。
仰るとおり、芸術を嗜む方が多いんだなぁといつも実感します。

ご紹介頂いた美術館、外観をネットで見てみました。
いずれも素敵な建物ですね。
しかも周りの自然との一体感が見事です。
思えば、多くの美術館は周りの環境との調和を図りながら
如何に異空間を感じさせるかに主眼を置いているような気がします。

こんな話を書いておきながら、もうしばらく美術館に足を運んでいません。
時間を見計らって、上野にでも行って来ようかと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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