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着水(3/5)

壁に掛けられた一枚の絵。
確か、美術の授業かなんかで習ったはずだ。
本橋は、その絵から少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。
「オレね、これ、ベタだけど、すげー好きなんです」
絵の近くにある説明板を見て、その絵画の名前を思い出す。
モネの睡蓮。
間近で見ると、その筆致がリアルに感じられる。
後輩の隣に座って眺めると、水面の透明感と花の淡い色使いが絶妙で
こういう絵を描く人間は、どんな感性を持っているんだろう、そんなことを考えさせられた。
そして、この絵が好きだと言う後輩の感性。
真っ直ぐな視線で絵と向かい合う真摯な表情が、心を微妙な角度に揺らす。
会社以外であまり親しくすることも無かったけれど
あまり知ることの無かった彼の一面を知ることが出来て、何となく嬉しかった。


「意外に、疲れるもんだな」
一通り美術館を周った後、心地良い足の痛みが襲う。
「体力無さ過ぎでしょ」
一服を愉しむ俺の横で、ペットボトルのお茶を呷りながら後輩は笑った。
「いつも座り仕事だし・・・歳かな」
「寂しいこと言わないで下さいよ。まだ30前ですよね?」
「・・・もう、目前だよ」
「オレだって大して変わりませんよ。来年になったら四捨五入で30ですし」
「お前、まだそんな歳だっけ?」
若さが羨ましい。
そう思うと言うことは、やっぱり、歳を取ったってことなんだろう。

「美術館は、どうでした?」
煙草の箱からもう一本取り出すタイミングで、後輩は尋ねてくる。
「新鮮だったなぁ。正直、初めてってくらい行ったこと無かったし」
「東京はたくさん美術館やギャラリーがありますからね。バシッと嵌る所も、あるかも知れませんよ?」
確かに、嫌いな雰囲気じゃない。
目を引く絵画や彫刻もあった。
休みの日に美術館、なんて、ちょっとデキる男みたいな気もする。
「そうだなぁ・・・たまには良いかも」
「なら、誘った甲斐は、あったかな」
「でも、美術館は良いけど、筋トレは行かないぞ」
「あれは、一人でストイックにやるのが楽しいんで」
満足そうに微笑む後輩の顔に、ふと影が差した。
「・・・麻生さん、一つ、話聞いて欲しいんですけど、良いですか?」


ウチの会社では、入って3年目までの社員に、毎年一回の研修を義務付けている。
設計の部署であれば、現場研修。
現業であれば、設計に関する基本の研修。
ご多分に漏れず、本橋もその対象になっていて
美術館へ行った後の週明け、彼は研修所がある軽井沢へ旅立っていった。
研修期間は2週間。
後輩が担当していた作業を引き受けながら、主のいない机に目をやる。
彼が置いていった、仕事とは別の、一つの課題。
どうやって解決していくべきなのか、そればかりが頭を巡っていた。


海とは無縁と思われる池に、カモメが群がっている。
どうして彼らは、慣れた住まいを離れ、ここで羽を休めているんだろう。

話を聞いてくれと言った本人は、何も言わずに不忍池まで俺を連れて来た。
蓮の葉が水面を覆い、その間をカモが泳いで行く。
柵に寄りかかり、その動きを目で追いながら、彼の言葉を待つ。

背後を自転車の二人組が通り過ぎていくタイミングで、後輩は口を開いた。
「オレと、付き合って貰えません?」
「何処に?」
俺に目を向ける事無く、彼は苦笑して、一つ溜め息をつく。
「そういうんじゃなくて。・・・やっぱ、ストレートに言った方が良いか」
「何なんだよ?」
訝しげな視線を向ける俺に、彼は顔を向ける。
いつもの軽い感じの面持ちに、寂しげな、切なげな影が差していた。
「好きなんです。オレ。麻生さんのこと」

心の奥底で湧き上がった感情は、何だったろう。
いろんなものが混ざり合った俺の頭の中には、発するべき言葉が存在しなかった。
「・・・何?」
多分、その瞬間から、視界の中の後輩は変わってしまった。
それは彼が変わったんじゃなく、俺が変えてしまったんだと思う。


「どうしようも無いくらい、好きなんです」
本物の蓮の葉に目を落としながら、彼はそう呟いた。
「それは・・・何、先輩として、とかじゃ無くってことか?」
「・・・そうです」
「いや、意味が、わかんねぇ」
「一緒にいたいとか、そういう、普通の恋愛感情、です」
傾いた陽の光が、彼の心を映すように、その顔に影を作る。
俺の声は、動揺で震えていた。
「普通、じゃねぇだろ?」
目の前に告白を突きつけられても尚、俺は彼とのそんな関係を想像することは出来なかった。
嫌悪感を抑えるために、無意識の内に脳が機能を停止しているのかも知れない。

「お前・・・そういう、趣味なの?」
「意識したことも、無かったんですけど。そうなのかも・・・知れません」
そんな指向、突然芽生えるもんなのか?
確か前に、元カノの話をしていた記憶もあった。
同性愛に対する俺の中の曖昧なイメージと、目の前の後輩を結びつけるものも、何も無い。
「・・・そんなの、無理に決まってる」
それが、混乱の中で見つけた、自分の気持ちを表現できる唯一の言葉だった。

□ 33_着水 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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