昇華(4/5)
何処までも直線のトンネル。
100km/h前後のスピードで、左車線をひたすら走る。
右車線には、邪魔だと言わんばかりの車たちが走っていく。
自分一人が気をつけていたって、事故らないとは限らない。
そんな思いが、俺の緊張をますます高めて行く。
***********************************
就職してからと言うもの、俺は毎日仕事に追われるようになった。
新人故の空回りも、多くあったかも知れない。
とにかく、業務について行くのが精一杯だった。
あれから久米とは、何通かのメールをやり取りしたくらいで
だからと言って忘れた訳ではないのだけれど、俺の日常を占める割合は確実に減っていた。
正直、あいつの言葉が、電話をかける俺の手を制していた部分もあり
友達を失っていくような感覚に、自分勝手な寂しさを抱いていた。
久米も、俺自身も抱いていた不安が、現実になっていく。
「80km/hオーバーは、やりすぎだなぁ」
ある日の昼休み。
職場の先輩たちが食堂のTVを観ながら、そんな話をしていた。
交通事故のニュースのようで、現場はアクアラインの海底トンネル。
速度オーバーの車がハンドルを取られ、前後の車を巻き込んだ事故になったらしい。
死者は3名。
小さく見えたその字幕に、俺は釘付けになる。
そこには、久米の名前があった。
目の前が暗くなり、震えが止まらなくなる。
隣で昼飯を食べていた同僚が、あまりの動揺ぶりに声をかけてきたが
何て答えたのかは、覚えていない。
冷静に、そう言い聞かせて午後の業務に挑んだけれど、そんなことは全く出来ず
トイレに駆け込んでは、不意に訪れる絶望感に耐えた。
何かの間違いであって欲しい、そう思わずにはいられなかった。
終業後、大学の研究室に電話を入れる。
電話口に出たのは、菊地先生だった。
「学会の、帰りだったんだ」
いつもの口調はすっかり消え去っていて、その悲しみの深さを悟る。
そして、この出来事が現実であることを、突きつけられた。
逗子で行われた学会には、学生たちが各々車を出して赴いたのだと言う。
東京湾フェリーで三浦半島に渡り、帰りはアクアラインで戻ってくる。
そんなプランは、学生の間から出されたもののようで
何台かの車に便乗する集団の中、久米も運転手を買って出たらしい。
その帰り道の、悲劇だった。
葬儀の予定や、幾つかの思い出話をした後、先生はポツリと言った。
「お前も、気をつけろよ」
彼は一瞬言葉を失うと、絞り出すような声で続ける。
「オレより若い奴が先に逝くのは・・・もう、耐えられない」
その潤んだ声に、俺は、はい、と言う二言すら返すことが出来なかった。
***********************************
物凄いスピードで迫ってくる車がバックミラーに映り
その姿が瞬時に、行く先の道路を滑るように消えて行った。
「危ねーんだよ、バカヤローが」
つい、口に出た。
車の運転にイライラは禁物。
そう自分に言い聞かせ、溶けかかったチョコレートを口に入れる。
『目的地まで、あと1km、です』
そんなナビの音声が聞こえてくると、長かった闇の道が急に開ける。
大きな客船のような建物が見えてきて、些か不思議な気分になった。
周りは全てが海。
その中に佇む、巨大な建物。
こんなところまで材料を持ってきて、構造物を作るなんて、どれだけ大変だっただろう。
職業病なのか、そんなことを考える。
海ほたるの駐車場は随分と混んでいて
やっと見つけた空間は、入口からかなり離れた場所だった。
車から降りて、駐車場の後ろに広がる海を眺める。
視界は、ひたすら、青かった。
□ 23_昇華 □
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100km/h前後のスピードで、左車線をひたすら走る。
右車線には、邪魔だと言わんばかりの車たちが走っていく。
自分一人が気をつけていたって、事故らないとは限らない。
そんな思いが、俺の緊張をますます高めて行く。
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就職してからと言うもの、俺は毎日仕事に追われるようになった。
新人故の空回りも、多くあったかも知れない。
とにかく、業務について行くのが精一杯だった。
あれから久米とは、何通かのメールをやり取りしたくらいで
だからと言って忘れた訳ではないのだけれど、俺の日常を占める割合は確実に減っていた。
正直、あいつの言葉が、電話をかける俺の手を制していた部分もあり
友達を失っていくような感覚に、自分勝手な寂しさを抱いていた。
久米も、俺自身も抱いていた不安が、現実になっていく。
「80km/hオーバーは、やりすぎだなぁ」
ある日の昼休み。
職場の先輩たちが食堂のTVを観ながら、そんな話をしていた。
交通事故のニュースのようで、現場はアクアラインの海底トンネル。
速度オーバーの車がハンドルを取られ、前後の車を巻き込んだ事故になったらしい。
死者は3名。
小さく見えたその字幕に、俺は釘付けになる。
そこには、久米の名前があった。
目の前が暗くなり、震えが止まらなくなる。
隣で昼飯を食べていた同僚が、あまりの動揺ぶりに声をかけてきたが
何て答えたのかは、覚えていない。
冷静に、そう言い聞かせて午後の業務に挑んだけれど、そんなことは全く出来ず
トイレに駆け込んでは、不意に訪れる絶望感に耐えた。
何かの間違いであって欲しい、そう思わずにはいられなかった。
終業後、大学の研究室に電話を入れる。
電話口に出たのは、菊地先生だった。
「学会の、帰りだったんだ」
いつもの口調はすっかり消え去っていて、その悲しみの深さを悟る。
そして、この出来事が現実であることを、突きつけられた。
逗子で行われた学会には、学生たちが各々車を出して赴いたのだと言う。
東京湾フェリーで三浦半島に渡り、帰りはアクアラインで戻ってくる。
そんなプランは、学生の間から出されたもののようで
何台かの車に便乗する集団の中、久米も運転手を買って出たらしい。
その帰り道の、悲劇だった。
葬儀の予定や、幾つかの思い出話をした後、先生はポツリと言った。
「お前も、気をつけろよ」
彼は一瞬言葉を失うと、絞り出すような声で続ける。
「オレより若い奴が先に逝くのは・・・もう、耐えられない」
その潤んだ声に、俺は、はい、と言う二言すら返すことが出来なかった。
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物凄いスピードで迫ってくる車がバックミラーに映り
その姿が瞬時に、行く先の道路を滑るように消えて行った。
「危ねーんだよ、バカヤローが」
つい、口に出た。
車の運転にイライラは禁物。
そう自分に言い聞かせ、溶けかかったチョコレートを口に入れる。
『目的地まで、あと1km、です』
そんなナビの音声が聞こえてくると、長かった闇の道が急に開ける。
大きな客船のような建物が見えてきて、些か不思議な気分になった。
周りは全てが海。
その中に佇む、巨大な建物。
こんなところまで材料を持ってきて、構造物を作るなんて、どれだけ大変だっただろう。
職業病なのか、そんなことを考える。
海ほたるの駐車場は随分と混んでいて
やっと見つけた空間は、入口からかなり離れた場所だった。
車から降りて、駐車場の後ろに広がる海を眺める。
視界は、ひたすら、青かった。
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