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好尚(2/6)

社内報で彼女の顔を見たのは、どれくらい前だっただろう。
ウチの会社で、初めて女性が課長まで上り詰めたという小さな記事。
大手ゼネコンだけあって、至って古い社風。
数千人いる全国の社員の中でも、管理職を任されている女性は数えるほどだ。
そう言う点で、神谷さんは実力主義という風を会社に吹き込んだ人なのだろう。

「新美君、ちょっと」
構造計算書を手にした彼女が声を掛けたのは、部署では後輩に当たる新美君。
まだ若手と呼ばれる彼は、上司の声に些か脅えた表情を浮かべて、その席の前に立つ。
「ここの構造壁、ちょっと厚くない?」
「そこは、意匠から増し打ちの要求があって・・・」
「じゃ、連動した構造計算はやった?」
「はい、一応・・・」
「下階の大梁の荷重が適切じゃないように見えるけど、どう?」
的確な指摘を受けて言葉を失った部下に、彼女は書類を突き返す。
「いい加減な計算書持って来られても、判子押せないわよ。やり直して」
「・・・分かりました」
「自信が無いようなら、一回誰かに目を通して貰っても良いから」
俺も若い頃は、あんな風に上司によく怒られた。
若干居た堪れない雰囲気を背負いながら席に戻る後輩を見ながら、少し可笑しくなる。

「俺、後で見ようか?」
隣の席で早速計算書を修正している後輩に、声を掛ける。
「ええ、でも・・・時間、まだかかりそうなんで」
そう言って、PCの画面に目を落とす。
定時のチャイムは、さっき鳴ったばかり。
夜の作業は、これからが本番だ。
「良いよ。どうせ、俺も後2、3時間かかるから。それからで」
「すみません、ありがとうございます」
「じゃ、その前にさっさと晩飯食いに行かない?」


偶然隣の席だったからなのか、元々の彼の性格なのか。
俺が部署に配属されてから、彼は何かと俺に話しかけてくれることが多い。
自信なさげな喋り方に、少し苛つくこともあったけれど
慣れない環境の中、気を張って疲れ気味の心を緩めてくれるような存在だった。

「そろそろ、こちらにも慣れました?」
社員食堂で出される夕食の麻婆豆腐を口に運びながら、彼は問いかけて来る。
「ぼちぼちってところかな」
「忙しさは、名古屋も同じ感じなんですか?」
「こっちの方が、忙しいって言うか、テンポが早い気がするね」
物件の数は東京の方が圧倒的に多い。
けれど、その分社員の数も多く、業務分担も細分化されて効率的なせいか、忙しさに差異は無い。
むしろ、土日出勤も当然だったあっちに比べれば
休出はほぼ無し、更にノー残業デーまで設定されている本社の管理の質には、驚かされる。


「ここ、空いてる?」
皿の食べ物も半分くらいの量になった頃、背後から声を掛けられた。
向かいに座る後輩の顔が、明らかに緊張を映す。
「ええ、空いてますよ」
そう答えると、上司は俺の隣の席に座る。

「神谷さんも、夜はここで食べるんですか?」
「そうね。どうせ旦那とも夜は時間が合わないし。ここで済ませた方が楽でしょ」
髪を束ね、一瞬手を合わせて、彼女はトレーに乗った夕食に箸を付け始める。
「食事作ったりは・・・」
「殆どしないわね。休みの日に、気が向いた時くらい?」
「そんなもんですか」
「杉浦君は、料理する?」
「いえ、全く・・・」
その言葉で、引っ越した時の状態をほぼ維持しているミニキッチンの光景を思い出す。
作ってみようかと言う好奇心が無い訳でもないが、行動力が伴わない。

「そう言えば、新美君は、まだ行ってるの?」
その上司の質問に、後輩は黙々と動かしていた箸を止め、答える。
「え、ええ。一応」
「彼、料理教室に通ってるのよ」
何処か楽しそうに笑う彼女に、後輩も照れを隠すように笑顔を見せた。
「へぇ・・・ケーキとか作ったり?」
「いや、何て言うか、ホント実用的なものばっかりなんですけど」
「例えば?」
「フライパン一個で出来る鯖の味噌煮、とか」
「随分具体的なネーミングだね・・・」
「独身の男対象のスクールなんで、毎回そんな感じなんですよ」
ハイペースで食べる手を少し休め、水を一口飲んだところで、神谷さんは後輩の顔を窺う。
「前に、料理くらい作れるようになりなさいって話をしててね」
「自分は作らないのにですか?」
「作れない訳じゃ無いのよ?それに、料理は女がするものって決まって無いでしょ?」
「仰る通りです・・・」

部下のトレーに食べるものが無くなったのを見計らうように、上司は口を開く。
「先に行って良いわよ?仕事に戻って」
「分かりました。じゃ、お先に」
俺と同じタイミングで席を立つ新美君に、彼女が声を掛けた。
「私、今日はそんなに遅くまでいないけど。後は、大丈夫?」
「えっ・・・あ、はい、大丈夫です」
「一応、俺の方で少し見ようかって話はしてますんで」
「そう、なら助かるわ」

□ 41_好尚 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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名古屋飯

八丁味噌を使った名古屋飯といえば豚肉の『味噌カツ』。
親戚が名古屋に住んでいるので、名古屋に行けば『味噌煮込みのきしめん』か『味噌カツ』を食べます。
さて、新美は杉浦に何を作ってくれるんでしょうね。
ところで、新美という名前は「新妻」を連想させますね。どんなエプロンをしているんだろう(笑)。

今度こそは満喫。

名古屋の独特の食文化が羨ましい、そんな単純な想いから、今回の話を書き始めました。

以前、3年ほど名古屋方面に出張していたことがあるのですが
新幹線から在来線に乗り換えて、更に1時間ほど行った所の現場だったので
結局名古屋で食べたものは、駅弁と新幹線ホームのきしめんくらいでした。
次に行く機会に恵まれたのなら、その時はいろいろと満喫したいと思っています。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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