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好尚(6/6)

生活感が無い部屋だ。
きっと、誰が見ても言うだろう、この空間。
物が溢れた生活に、辟易していたのかも知れない。
結婚していた頃のものは殆ど処分してしまった。
残ったものも、実家に全部置いてきた。
転勤を期に、人生を一度リセットしたいとも思っていたけれど
いろんなものが抜け落ちてしまった日常は、初期化されたまま、前に動く気配が無い。

飯が炊けるまでの時間。
PCデスクの椅子に座り、ペットボトルのお茶を口に含む後輩に、ふと聞いてみた。
「神谷さんの家に、飯作りに行ってるんだって?」
「え?本人から、聞いたんですか?」
「そう。新美君を取られたって、恨み節聞かされたよ」
「はは・・・冗談でも、嬉しいですね」
静かに笑う彼が、視線を床に落とす。
「新美君、神谷さんのこと・・・」
どう思ってるの、そう言いかけた瞬間、若干強いトーンで彼は即答した。
「そう言うんじゃ、ないんです。僕は・・・」
気の利かない炊飯器が、任務完了のアラームを鳴らす。
助かったとばかりに腰を上げた彼は、表情を整えて、軽く微笑んだ。


魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
キッチンに立つ彼の後姿に、昔の光景が重なる。
手を伸ばしても、取り戻せない日常。
隙間を埋めたい気持ちが、急激に強くなる。
現実に溜め息をついた時、矢庭に声をかけられた。
「杉浦さん」
「・・・ん?」
「僕は、神谷さんに恋愛感情は無いんです。ホントに」
「うん・・・分かった」
「あの人には、いろいろとお世話になってるから。その恩返しがしたいだけなんです」

与えて、与えられる、相互扶助の関係。
上司と後輩の間にあるその繋がりが、無性に羨ましくなる。
「俺は、君に、何かしてあげてる?」
「普段から、いろいろ助けられてるじゃないですか」
「神谷さんより?」
不意に口をついて出た名前に、自分で驚く。
彼女と張り合ったって仕方ないし、何より張り合う必要も無いのに。
コンロのスイッチを切り、焼けた鯖の切り身を皿によそう彼は、こちらを振り返る事無く言った。
「・・・そうかも知れません、いろんな意味で」


今までコンビニの弁当くらいしか載ることの無かったガラステーブルに
実に様々なものが並べられていて、その狭さを改めて実感させられる。
シンプルなメニューだけれども、バランスが取られた昼飯は、あまりに自然な味で
腹が満たされるのと同時に、欠けた気分に何かが嵌ったようだった。
「この部屋で、こんな日が、来るとはね」
思わず上げた驚きと感心の言葉に、向かいに座る後輩が嬉しそうな笑顔を見せる。
「やろうと思えば、出来るんですよ?小さな台所でも」
「もっと、凝った物も出来る?」
「出来ますけど・・・初めから力入れて作っても、口に合わなかったらしょうがないんで」
「なら、次に作って貰いたいもの、考えておこうかな」
そう呟いてサツマイモを口に放り込んだ俺に、彼は些か不思議そうな目を向けた。
「また、作りに来てよ。必要なものは、用意しておくから」
一瞬、唖然としたような表情を浮かべ、すぐにその目が細くなる。
「もちろん、良いですよ」
「その代わり、何か俺がすること、ある?」
「食器洗って貰うとか?」
「それだけ?」
残り少なくなった赤だしを口に運び、彼は言った。
「じゃあ、杉浦さんの味を、もっと、僕に教えて下さい」


仕事だけだった毎日が、少しずつ変わっていく。
生きることに、前向きになったのかも知れない。
見違えるほど物が溢れた台所。
後輩が置いて行った極彩色の容器に野菜を放り込むことくらいは、出来るようになった。
俺にしてみれば、相当な進歩だ。

「風、って何だよ。風って」
「誰かみたく、こんなの味噌カツじゃないって言う人がいるから、敢えて風ってつけたんですよ」
「それは、俺のこと?」
今晩の社員食堂のメニューは、味噌カツ風トンカツ。
確かに、甘めの味噌ダレはかかっているけれど、何かが違う。
「今週のメニューは決まったね」
「味見は任せましたよ?」

違和感の残る故郷の味を噛み締めながら、ふと思う。
彼が知りたいといった俺の味は、きっとその内、二人の味に変わる。
それは、何か、凄い結びつきになるんじゃないだろうか。
「・・・あのさ」
「何ですか?」
「俺、ずっと新美君の飯でも、良いかも知れない」
キョトンとした後輩の顔が、満面の笑みに変わる。
「何か、それってプロポーズの言葉みたいですね」
自分の言葉で混乱した頭を、彼の笑い声が我に返してくれる。
「ごめん、そう言うつもりじゃ・・・」
「別に、僕は構いませんよ。いつまでも、お付き合いします」

いつか人生を振り返った時、こんな時間を過ごしたことをどう思うんだろう。
その時、隣にいるのは、もしかしたら彼かも知れない。
進み出した日常に不可解なものを感じながら、それでも良いかと思う気持ちもある。
「味、見て貰えます?」
「・・・もうちょっと、甘い方が良いな」
調味料を加えながら俺たちの味を作っていく後輩を見ながら、そんなことを考えていた。

□ 41_好尚 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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勝負飯

やっぱり、新美は新妻。胃袋を押さえた者は強いです(笑)。

結婚前に夫とドライブした時。
わたしが持参した手作り弁当のぶりの照り焼きを食べながら、感激していた彼。彼の母親は忙しく、食事はいつもお手伝いさんが作っていて、遠足の時くらいは母親に作って貰いたかったと言いました。勝負飯のそのぶりの照り焼きは、実は私でなく母が作ったとは言えませんでした(笑)。
今日は土曜日。今晩の夕食は夫が作りました。蒸し鶏の野菜和え・豚肉とワカメともやしのかきたま汁。
私がしたのは炊飯器で御飯を炊いたのと、デザートのスイカを切っただけ(笑)。
でも、結果オーライですよね。

味覚の相性。

それぞれの家庭で子供の頃から培われて来た味覚。
それが人それぞれ異なるのは当然で、その相性が合わない人も、もちろんいます。
よく食事を奢ってくれた会社の先輩と味覚が合わず、大変苦労したことを思い出すにつれ
人間関係を、特に一緒に人生を送る人との間には、味覚の相性は絶対的に必要だと感じます。

そう言う点で、夜来香さんは大変幸せな生活を送られているようですね。
どうぞ、素敵なご主人を大切になさって下さい。
ごちそうさまでした。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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