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好尚(5/6)

鍋とフライパンと食器だけ用意しておいて下さい。
金曜日の帰り際に言われたことは、とりあえずやっておいた。
空っぽだった作り付けの棚の中に出来た生活感が、ちょっと不思議な気分を起こさせる。
一人暮らしをするようになって、他人をこの部屋に招きいれるのは初めてだ。
妙に緊張しているせいなのか、時間の進みがいつもより遅いような気がする。

『あと10分くらいで駅に着くと思います』
そんなメールが来たのは、昼の11時を過ぎたくらいだった。
携帯を閉じ、家を出る。
彼との待ち合わせは、駅前のスーパーの前。
何しろ、冷蔵庫の中にはビールと水だけ。
調味料なんてものは、例の味噌しかない。
買っても余ってしまうであろう物は、新美君が持参してくれるとのことだったが
野菜や魚などの生鮮食材は、買って使い切ろうと言う話になっている。

Tシャツに細身のカーゴパンツと言う見慣れない服装が、その若さを一層引き立てた。
「わざわざ、悪いね」
「いえ、遅くなりまして」
軽く頭を下げた新美君は、少しはにかんだような笑顔を見せる。
「僕、この辺り初めて来ましたけど、結構栄えてるんですね」
「会社から言われるがままに引っ越してきたんだけどね。一通り揃ってるから、便利だよ」
「確かに、これじゃ、飯作る気にはならないな」
スーパーが駅前に2つ、そこからファストフードや飲食店が連なる商店街が続く。
この環境の良さが、却って堕落を呼んでいるのかも知れない。


「ああ、そうだ。今更なんですけど」
「ん?」
「杉浦さん、何か苦手なものあります?」
「ああ・・・いや、特に無いよ」
俺が持っているカゴには、既に幾つかの食材が放り込まれている。
ざっと見ても、苦手意識のあるものは無さそうだった。
「じゃ、何か食べたいものあります?」
「う~ん・・・それも、特には。新美君に任せるよ」
「分かりました。じゃ、予定通りで」
何種類もの魚の切り身が並ぶ冷蔵ケースに手を伸ばす後輩を視界に収めながら
俺にも今更な質問があったことを思い出した。
「そう言えば、今日って何作るの?」
「あ、言ってませんでしたっけ?」
そう言う彼の手には、鯖の切り身。
「鯖の塩焼きと蒸し野菜と、赤だし、の予定です」
「ウチ、グリル無いよ?」
「大丈夫ですよ。フライパンで焼きますから」


ほぼ新品のままの鍋や炊飯器を見て、新美君は若干呆れたような顔を見せた。
「全然使ってないんですか?」
「1、2回くらい使ったような、気もするけど」
「もったいない・・・。僕が持ってるのよりも良いやつですよ、これ」
「持って帰る?」
「大切に使って下さいよ」
廊下と一体化しているミニキッチンの前に立つ彼を、部屋の入口で立って眺める。
ビニール袋に入れられた無洗米を炊飯釜の中に入れ、持って来たらしい計量カップで水量を調整する。
如何にも慣れてる人間の手つき。
こんなことでさえ、ずっと他人任せにして来た自分が、少し情けなくなる。

いろいろなものが詰め込まれたカバンの中から、後輩は奇妙な容器を取り出す。
超極彩色のカラーリング、しかも柔らかい素材で出来ているらしい。
形は、まるで湯たんぽのようだ。
「何?それ」
「これ、レンジで蒸し料理とか出来る容器なんですよ」
「へぇ・・・」
「野菜切ってぶち込んで、レンジで加熱すれば良いだけなんで、結構重宝してます」
簡単そうだ、とは思うものの、口には出さなかった。
その思惑を察したのか、彼は少し意地悪い笑みを見せながら、容器に野菜を放り込んでいく。
茄子、キャベツ、オクラ、エノキ、サツマイモ、その上に薄切りの豚バラ肉。
パンパンに詰め込まれた容器は、些か破裂の危険性を感じさせる。
「そんなに入れて・・・大丈夫?」
「多分、平気じゃないですかね」

殆ど使うことが無かったIHヒーターに、小さな鍋がかけられている。
沸騰した湯に顆粒のダシを入れ、赤味噌を少しずつ混ぜていく。
「どうなんだろ・・・」
幾分困惑した表情を浮かべながら、彼は味見を繰り返していた。
「ちょっと、味見て貰って良いですか?」
「ん?」
「あんまり馴染みが無くて、これで良いかどうかが分からないんですよね」
彼から手渡されたスプーンを口に運ぶ。
「少し、薄いような」
「これくらい?」
「もうちょっとかな」
同じ行為を何度か繰り返す内に、何となく懐かしい味に近づいていく。
こんなもんかな、そんな俺の声に、すぐ隣の後輩は笑いながら言った。
「これが、杉浦さんの味なんですね。覚えときます」

□ 41_好尚 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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