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好尚(1/6)

未だ生活感が漂わない部屋には、必要最低限の家電や家具だけ。
人間、必要なものはそんなに無いのかも知れないと、ガランとした空間を見渡しながら思う。
冷蔵庫の上の電子レンジの上の鍋セットの箱は、開けてもいない。
申し訳程度に備え付けられたIHコンロが一口あるミニキッチンでは
料理をしようなんて気にもならないし、そもそも作ったことも殆ど無い。
「料理くらい、出来るようになっておきなさい」
そう言って母親がこれをダンボールに無理矢理詰めた光景が、雑多な想いと共に脳裏を過ぎる。

会社からの帰り道、曲がるべき路地を間違えなくなるまで、どのくらいかかるんだろう。
転勤で、名古屋支社から東京本社にやって来てから2週間。
入社10年目の新顔にも、東京の激務は容赦無く
朝から晩まで働き、夜中に帰宅する毎日じゃ、道を覚えられないのは当然かも知れない。
週末には洗濯と、自分の身の回りだけを辛うじて整頓するだけの掃除。
初めての一人暮らしに胸をときめかせるような歳でもなく
最初が肝心と言う生活リズムの形成は、既に失敗しているような気がしてならない。


「杉浦君は、単身赴任?」
先日の週末、部署で行われた歓迎会の席。
直属の上司となった喜多部長は、赤ら顔で聞いてきた。
「いえ、あいにく一人者で。ただの転勤です」
「そうなんだ。何ていうの、こう、シュッとした感じのいい男なのにねぇ」
彼は笑いながら、向かいに座る神谷課長に同意を求める。
「そうですね。私も結婚しているのかと」
「いや、まぁ・・・前は、してたんですが」
「バツイチかぁ。何?理由とか、聞いても良いの?」
「喜多さん、止めましょうよ」
暴走気味の部長を、困った顔をした課長が止める。
きっと、飲み会に限らず、いつもの風景なんだろうと思う。
「別に、構いませんけど・・・そんなに楽しい話でも無いかと」


結婚したのは、入社して3年も過ぎた頃。
高校の同窓会で再会した、同級生だった。
仕事も分かり始め、毎日の業務に忙殺されていた頃。
荒んで行く心を癒してくれるような彼女の存在は、人生に不可欠なものだと思っていた。
互いに実家暮らしだった俺たちは、婚約を期に同棲を始め、半年後には結婚した。

中堅商社で派遣事務をやっていた彼女と、ゼネコンで構造設計をやっている俺。
ほぼ定時で上がれる妻に対して、俺はその日によって帰宅時間はまちまちで
特に物件が佳境に入れば、2連泊、3連泊はさほど珍しいことでも無かった。
初めの内は、彼女にも身体を気遣ってくれるくらいの余裕があった。
そんな日が長く続けば続くほど、恐らく、将来に不安を抱くようになったのかも知れない。
いつしか、帰宅しても、彼女が出迎えてくれることは無くなって行った。

上司と共に北海道への出張に出かける前の晩。
珍しく早く帰宅し、準備をしていた俺の背中に向かって、彼女は一言呟いた。
「あなたは、どうして、耐えられるの?」
振り向くと、彼女は俯いたまま切ない表情を浮かべていた。
「仕事が大事なのは、分かってる。早く帰って来てなんて、言うつもりも無い」
顔を上げたその頬に、涙が伝う。
「でも、私、置いて行かれてる気がするよ。一緒に歩いてる気が、しないよ」

そばにいて欲しい、支えていて欲しい。
俺は彼女に、受動的なものばかりを求めすぎていたのだと思う。
仕事中心の生活の中で、自宅でも上手く気持ちを切り替えられなかったことも
すれ違ってしまった原因の一つかも知れない。
結局、2年余りの結婚生活は、互いに気持ちを引き摺ったままで終わった。
今の会社で、今の仕事をしている限り、俺にはもう二度と結婚は無理なんじゃないか。
正直、そんな風に思っている。


「仕事が忙しくて別れるって、ホント、よく聞くよなぁ」
かいつまんだ話を聞き、部長は大げさに頷きながら日本酒を呷った。
「その点、神谷君はよく続いてるよねぇ」
その言葉を聞いて、つい課長の左手に目が行く。
シンプルな指輪を薬指にしている彼女は、静かな笑みを浮かべて、言った。
「ウチはもうとっくに、惰性ですね」
「ああ、じゃあ、まだしばらくはズルズル行くんだね」
「まぁ、そんなとこでしょうね。お互いこの業界だから、初めから諦めてる部分もあるし」
「ご主人は・・・ウチの会社の人なんですか?」
「ううん、マリコンで積算やってるの」
「まさに、土建カップルだよねぇ。海洋建設の積算と建築物の構造設計なんて」
結婚生活を続ける秘訣が、諦め、惰性。
この会社が悪いのか、それが真理なのか。

「一人でも生きて行こうと思えば行けるけどね」
ウーロン茶のグラスを手に、神谷さんは俺の顔を見た。
「でも、いつか振り返った時に、ああ、こんな人生だったんだねって言い合えたら、楽しそうじゃない?」
「・・・理想ですね」
「惰性って言葉に引っかかってるかも知れないけど、ちゃんと時間を作る努力はしてるのよ?」
「そうそう、神谷君は、水曜日は必ず7時に帰るんだよ。全く、困るよね」
「喜多さん、定時は5時半だって知ってます?しかも、水曜はノー残デー」
「知ってるけどさ」
「火曜日に徹夜してでも、絶対に水曜日だけは早く帰るように、約束してるの」
歯を見せて笑う顔に、指輪が一層輝きを増したように見えた。
「全然、夫婦仲、冷めて無くないですか?」
「冷めてるなんて、言って無いわよ?」

□ 41_好尚 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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別れない理由

別れない理由って様々でしょうが、ウチの場合は、夫の料理が美味しい事でしょうね(笑)。
本当はプロの料理人になりたかったらしく、和・洋・中華となんでも作ってくれるんだから便利です。
講釈が煩いけど、適当に相槌をうっておだてりゃ、ホイホイと喜んで料理するんだから、娘が辛辣に批評すると腹立ちます。怒って作らなくなったら、どうしてくれる!(笑)。

長く夫婦を続けようと思えば、ふてぶてしい図々しさも必要かもしれません。

重要なポイント。

まるで先を読まれているかのようなコメントに、少しドキドキしました。
やはり、料理と言う要素は重要なポイントなんでしょうか。
確かに男女問わず、料理が出来る方と言うのは魅力を感じます。

夫婦生活を長く続ける秘訣は、きっとその夫婦それぞれに違うんでしょうね。
時折耳に入る離婚話を聞くと、他人同士が家族になる難しさをつくづく思い知ります。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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