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光陰(1/4)

「須崎、今何時だ?」
駅前にある喫煙所で、後輩に時間を尋ねる。
彼は自身の左手首を覆うスーツの袖を少しだけ捲り、時間を確かめた。
伏し目がちな眼が、俺に向かって滑ってくる。
「もう、10分前ですよ」
「じゃ、行くか」
今日は、黒のゴツいやつ。
大柄な彼の身体には、まぁ、丁度良い感じの大きさなのかも知れない。
そんなことを頭の中で考えながら、俺は灰皿に吸殻を放り込んだ。

会社の周りの飲食店は、何処も昼時になると禁煙になる。
だから、飯を食った後、近くの喫煙所で一服して、後輩に時間を確認してから会社に戻る。
それが、ここ最近の俺の昼休みのサイクルだ。

「辺見さん、いい加減、時計買ったらどうですか?」
会社に戻る道すがら、須崎はいつものようにそう言った。
時計は嫌いだ。
特に腕時計の、あの手首に纏わりつく感じが苦手だし、時間の確認は携帯で事足りている。
「買ったって、壊したり、失くしたりするだろ?」
「オレも同じ仕事してますけど、壊したことも、失くしたことも無いですよ?」
「お前はマニアだからだよ」
「それは関係ないですって」

一方で、須崎は腕時計の収集を趣味にしている。
俺の部署に配属されてから2年経つが、新しい時計を買ったという話を何十回聞いただろう。
国内のみならず、インターネットで海外の時計を取り寄せることもあるらしい。
若い彼にとって、それは既にファッションの一部らしく
気分やスーツの柄によって着ける物を選んでいるのだそうだ。

「辺見さんに合いそうなものも、ありますよ?」
「だから、言ってんじゃん・・・俺は」
「いずい、んですよね」
隣を歩く後輩が、俺の方に視線を落としながら悪戯っぽく笑う。
「・・・そ」
いずい、と言うのは、俺が生まれ育ったところで使われている方言。
何となく居心地が悪いとか、しっくり来ないとか、そんな時に出る言葉だ。
「時計って言っても、腕時計ばっかりじゃないのに」
呆れたような表情の向こうに、会社が入るビルが見えてくる。
それに、すぐに見られる時計なんかしたら、サイクルが狂うじゃないか。
あの短い時間が、俺の大切な、一瞬なんだから。


同性に対して恋愛感情を抱くことは、ごく自然なことだと思っていた子供の頃。
それが世の常識から外れていると知った時、すぐには事実を受け入れられなかった。
誰にも心の中は覗けないと分かっていても、周りの人間に見透かされているような不安。
秘密を抱える恐怖が、何かを慕う情を無意識の内に敬遠させる。
だからなのか、人にも物にも、あまり執着することが無い。
食べ物やタレントのような単純な嗜好ですら、他人に話すのが憚られる。
そこから、知られたくない心の奥底が透けてしまうんじゃないかと、勘ぐってしまうからだ。

それが、この3ヶ月余り。
左手首に視線を落とすあの表情が、頭から離れない。
会社の人間に惹かれるなんて、有り得ないはずだったのに。
自分の気持ちを押し殺すのは、得意だったはずなのに。
眼差しを向けられる時計にすら、嫉妬を覚える。
情けない。
こんな気分に振り回されている自分が。


「そろそろ、行くか」
「そうですね」
須崎と共に打ち合わせに出かける午後。
彼はふと、視線を下に向ける。
青い文字盤に黒のベルト。
文字盤には何の表示も無く、長針と短針が追いかけっこをしているだけ。
お気に入りなのか、よく見かける時計だ。
「そんな時計じゃ、正確な時間なんか分かんないだろ?」
「別に、正確さを求めてないんで」
それじゃ、時計の役割、全否定じゃないか。
「ちゃんとした時間なら、駅にある時計とか、携帯で分かりますし」
「・・・何の為に、それ、してるんだよ?」
「好きだから、かなぁ。無いと落ち着かないんですよ」
時計の文字盤を指でなぞりながら、彼はそう言って笑う。
好きと言う気持ちをストレートに表現できる羨ましさ。
つまらないことですぐ卑屈になるのは、きっと精神が安定していない証拠だ。


正確な時間を刻む駅のホームの時計は、概ね予定通りの時を示している。
電車をぼんやり待つ俺の耳に、彼の問い掛けが入ってくる。
「そう言えば、最近彼女さんとは会ってるんですか?」
「あ?・・・ああ、会ってないな、しばらく」
「遠距離って、大変ですよね。オレには無理だな」

□ 55_光陰 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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瞼(まぶた)の曲線

指先で唇はなぞっても、閉じた瞼を撫でることは無い関係。

改めてよろしくお願いいたします。

前を見据えて。

こちらこそ。
私も、今まで通り、前を見据えて文字を並べて行きたいと思います。

時計を見る仕草

このお話を読んで『リーマンが時計を見る仕草』にメチャクチャ萌えるようになりました。新しい萌え発見です。げんこつを突き出すようにした後、腕を曲げて時計を見る人もいて、それなりにイイですが、須崎さんのようにスーツの袖をちょっとめくって時計見るのは色っぽいです。も、萌える。

無意識な動作だからこそ。

腕時計を見るのは、あまりに日常的で無意識な動作ですが
小さな頃から続けている訳ですから、その人となりが出て来るものだと思っています。
袖を捲る人、時計を引き出す人、腕を下げて降ろす人など
意識して見ていると、なかなか面白いものですね。
萌えポイントをご教授出来て、何よりです。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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