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光陰(4/4)

これは、オレが初任給で買った超お気に入りの時計です。
そんなに高価なものではないけれど、何よりデザインに惚れて、ずっと欲しいと焦がれていたもの。
時計にハマるきっかけとも言える物かも知れません。
持ち歩くのも怖くて、本当に特別な時にしか身に着けませんでした。
でも、今はもう、手元にはありません。
大切な人に、あげてしまいました。
後悔が無いと言ったら、嘘になる。
でも、その傍で、いつも時を刻んでいてくれるなら、それだけで幸せです。
ちゃんと、前に進めるように。


文章を最後まで読み終わり、違和感の正体に気が付いた。
ブログのタイトルが、前と違う。
『時計を見つけた男』
俺が言った通りじゃないか。
どんなに傍にいたって、やっぱり、本心は分からないんだ。


慣れない営業の仕事に就いてから1ヶ月。
外回りの業務が殆どなこともあり、会社にいることは少なくなった。
たまたま社内で昼食時間を迎えた、ある日。
久しぶりに会社の近くで飯を済まし、喫煙所で一服をする。
すっかり習慣になった、時間の確認。
ポケットの中から覗く文字盤は、あと一本煙草を吸う余裕を教えてくれる。
火を点けて、溜め息と共に煙を吹き出す。
流れて行く霞を目で追いかけた先に、見知った顔が揺らいだ。

「久しぶりですね。今日は会社にいたんですか」
穏やかな笑顔で、そう声を掛けてくる。
「ああ、午後から、また出るけどな」
「忙しそうで、何よりです」
「その分、工事部だって忙しくなるんだぞ?」
「ま、そうですけどね」

懐かしい日常が帰って来たような感覚。
時計に刻まれた彼の想いだけに縋って過ごした時間が思い起こされる。
また、あの顔が、見たくなった。
「須崎、今何時だ?」
「え?」
不思議そうな顔をした後輩が、意を解したように、左手首に視線を落とす。
まるで俺の時計とお揃いみたいな、彼お気に入りの時計が見えた。
向けられた視線を受け止めた一瞬が、改めて彼への想いを突きつける。
「もうちょっとで、50分ですよ」
「じゃ、そろそろ行くか」


顔を合わせることが無くなった代わりに増えたのは、後輩が綴る文章を読む時間。
このところ彼が取り上げる話題は、腕時計から懐中時計にシフトして来ているようで
その見え見えな魂胆が可笑しくもあり、嬉しくもある。

誰もいなくなったフロアの机で、お気に入りの時計を手にする。
一秒一秒を刻んで行く針を追いかけながら、確実に前に進んでいることを実感した。
安心できると言った彼の気持ちが、少し理解できるような気がしてくる。
何周分、見続けていたのだろう。
「今、何時ですか?」
不意に聞こえた声に、思わず振り返った。

薄暗いフロアに、大きな影が映る。
「え・・・?今・・・9時、半前」
「まだ、仕事残ってます?」
「いや、もう、終わるけど」
「じゃ、久しぶりに飲みに行きません?」
笑いながら隣の席の椅子に座る後輩は、そんな提案をして来た。
突然なことで、しどろもどろな俺とは対照的な表情を浮かべる彼が、俺の手を取る。
重なり合った手の中で、細い針が着実に円を描いていく。
すぐ傍で、時計に目を落とす彼の気配。
薄れて行くはずも無い。
妙な緊張感の中で吐き出した溜め息が、目の前の男の前髪を揺らした。

「気に入って貰えました?」
帰り支度をする俺に、彼は尋ねた。
「ああ、大分手に馴染んで来たよ」
「オレの役目、もう、終わりかな」
「そんな訳、ねぇだろ」
つい口を衝いた言葉に、次が続かない。
軽い音を立てて、PCがシャットダウンした。
空間が、フッと暗くなる。
「やっぱ、オレ、好きなものは傍に置いておきたい」
立ち上がった彼が、更に視界を遮る。
恐くて、目を合わせることは出来なかった。
彼の身体を避けるように、廊下に向かって歩みを進める。
「・・・奇遇だな」
もどかしげな雰囲気に押し出されたのか、本心が顔を出した。
「俺も、一緒だ」


着実に歩みを進める、手の中の時計。
期待も、不安も、少しずつ俺の中で形を変えて行く。
仮想の彼女に別れを告げ、素直に好きだと言える存在を傍に感じながら
青い文字盤に映る想いを噛み締めた。

□ 55_光陰 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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それが何か知らなくても

素直に好きだと言える存在がある幸せ。読者の心も暖まる。

友達でも恋人でも無い。
姿も声も名前も知らない。
それなのに、魂が揺さぶられるのは何故だろう?
優しく諭してくれて、ありがとう。
こんな気持ちが世の中にあるなんて…。誰も教えてくれなかった。

神様だけが知っている。
12月になりましたね。

例え目に見えなくても。

年末進行と言う悪夢のような言葉が近づく師走です。
何で、こうも急にバタバタするのかと毎年思うと言うことは
きっと、学習能力が無いからなのでしょう。

ネットの上で自分の存在を証明するのは、このblogの文字の羅列だけ。
それでも、私は、確かにここにいます。
ちゃんと肉体も、精神も備えた、一人の人間として。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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