Blog TOP


因縁(3/4)

大通りに面した喫煙スペース。
「何とか・・・首の皮一枚繋がった感じかな?」
煙を吐き出す高砂さんは、疲れた笑顔を見せる。
「ですかね。思ったよりも、大規模で複合的な施設が多いんですね」
「やれそう?」
「・・・頑張ります」
もう一本、そう言って新しい煙草に火をつけた彼は、並木道を眺めながら呟いた。
「君たちには言って無かったけど・・・営業もこの間からノルマ制になってね」
「ノルマ?」
「切られた手当ての代わりに、契約取ってきたら幾らって感じで」
「そんな状況なんですか」
「ハッパ掛ける意味なんだろうけど・・・キツイよな」
「ですね・・・」
契約締結目前にしては表情が固いのは、そのストレスのせいだろうか。
高砂さんも、元は設計職だった。
技術営業と言う形で外を周る内に、徐々に営業を任されることになったそうだ。
設計に戻りたい、酔った勢いでそんなことを言っていたことを思い出す。

「伊澤君は、バイトの方、どうなの?」
通りの反対側にあるコンビニを見遣りながら、彼は言う。
「よく身体持つよねぇ。まだ若いからかな」
「慣れてきましたけど、土日は一気に疲れが来ますね」
「本格的に仕事が動くようになったら、こっちに集中してよ?」
「もちろんですよ。そろそろ契約の延長の話があるんで、その時に辞める旨を」
「じゃ、丁度良かったかもね」

歩道に背を向けていた俺たちには、その気配が分からなかった。
「先ほどは、どうも」
振り返ると、そこに立っていたのは古市さんだった。
いつも買って行く煙草の箱から1本取り出し、火を点ける。
「ビル自体が禁煙なもんでね。ここまで来ないとならないんですよ」
そう笑う表情は、まさに至福の時、と言った風情。
「昨今は、喫煙者は肩身が狭いですからね」
「ウチは特に外資なんで、喫煙者には厳しいんです」
「禁煙とかは?」
「考えてませんね。残念ながら」
喫煙者同士の愚痴を聞き流しつつ、"お客さん"の姿を目に収める。
彼の来店がバイトを続けられる一つの拠り所になっていたことは確かだった。
それなのに、次のシフトが怖い。
どんな顔をして彼に応対すれば良いのか、分からなかった。


安らぎと寂しさは同居できるものらしい。
夜、シフトが終わる直前の時間。
煙草を求めてやってくる彼の姿は、まだ無かった。
商品棚の整理をしながら複雑な溜め息をついた時、来客を知らせるチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませ」
そう声を発しながら見返すと、若干息を切らせながら立つ客の姿があった。
仕舞い込んでいた緊張感がぶり返す。
俺を認め、顔を緩ませる表情に呼ばれるよう、俺はレジに向かった。

向かい合った彼が求める物を、言われる前に手渡す。
そんなやり取りが、少し前から出来るようになっていた。
互いの素性を知った後でも、それは変わらなかったけれど
彼の猜疑心がいつ向けられるのか、見えない恐怖が肩身を狭くした。

ちょうど客足が途切れていた、閑散とした店内。
彼から差し出される札をレジに収め、釣りを渡そうとした瞬間だった。
「良かった、間に合って」
穏やかな呟きが聞こえた。
思わず手の力が抜け、彼の手に僅かに触れる。
「あ、すみません・・・」
微かに震える手を引っ込めようとすると、すぐ下にある指が動きを制止する。
その行為に動揺し、言葉が出ない中
彼は軽く握るように力を込めながら、いつもの挨拶を口にした。
「ありがとう。お疲れ様」


古市さんからの電話があったのは、高砂さんが外回りに出かけているタイミングだった。
「改めて、上も同席しての打合せをお願いしたいんですが、ご予定は如何ですか?」
必死に走る営業のベテランにも言えなかった、俺と彼とのもう一つの繋がり。
もしかしたら、それが元で話が立ち消えるかも知れない。
そんな懸念を抱いていた俺は、その言葉でやっと重圧から解放された気分だった。
「こちらは、ご指示頂いたお時間に合わせます」
「そうですか。でしたら、来週の水曜日の午後でお願いできますか」
「分かりました。高砂にも伝えます」
確認するべきスケジュールも、特に無い。
空白が続く卓上のカレンダーに、やっと赤い文字の予定が入る。

「ああ、あと」
電話から聞こえてくる彼の声のトーンが、少し変わったようだった。
「ちょっとお話しする時間、取れません?」
「えっと、それは・・・」
「大したことじゃないんですけどね。今日とか、大丈夫です?」
あまりに唐突な提案、しかも高砂さんは今日直帰予定になっている。
「今日は高砂の予定が、ちょっと・・・明日では、まずいですか」
「いえ、伊澤さんだけで構いませんよ」
「はあ・・・私は大丈夫ですが」
「じゃ、夜の8時に、いつもの所で」
「いつもの所?」
「ええ、いつもの所。今日は、お休みですよね?」

□ 39_因縁 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR