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因縁(4/4)

毎週木曜日は、夕方から設計の定例会議がある。
だから、バイトは入れていない。
彼はそれを知った上で、誘って来たのだろう。
引っ張られるように縮まる、彼との距離。

珍しく会議の時間が押し、自宅には戻れないと悟る。
彼と出会ったのは、待ち合わせ場所ではなく、いつもとは違う半蔵門線の駅に降り立った時だった。
「同じ電車だったんですかね」
「そうみたいですね」
物珍しげに駅の周りを眺めている俺に、彼は一つの質問をしてくる。
「伊澤さん、この駅使ってるんじゃないでしょう?」
「え?ああ・・・自宅は新宿線の方に近いので」
「なら、結構遠くないですか。この辺」
「自転車で10分・・・くらいかな」
「そっか、どうりで朝、一度も見かけないはずだ」

数分歩き、路地を曲がった所にある大通りの向こうに、バイト先のコンビニが見えてくる。
古市さんは、ふとそちらの方を見遣りながら、手前の居酒屋に入っていく。
「飯、まだですよね?」
柔らかな笑顔に、緊張感が高まる。
話の本題は、明らかだ。
どう話せば心証を悪くしないで済むのか、そればかりが頭を巡っていた。


初めての店じゃなさそうだった。
慣れた風に幾つか頼み、先にやって来たビールが目の前に置かれる。
「今日は仕事の話を、って訳じゃ無いんで」
そう言って彼はグラスを軽く上げて、液体を流し込んでいく。
見慣れた煙草の箱が、その脇に2つ重ねて置かれていた。
「これも、何かの縁かなって思って、ね」
「縁・・・?」
「こんな偶然って、そう無いじゃないですか」
「まぁ・・・本当は、あっちゃいけないんでしょうが」
あって欲しくなかった偶然に、俺は苦笑することしか出来ない。

煙草に火をつける彼の顔が、こちらに向けられる。
薄く開いた口から出て行く煙で、その視線が僅かにぶれた。
「やっぱり・・・結構厳しいですか?会社」
言葉を選ぶ俺に、同情を感じさせる口調で彼は続ける。
「高砂さんからも、状況は少し伺ってたんですが」
「すみません・・・ホントに、あの」
「この不況じゃ、どうしようも無いですよね。僕が前にいた会社も、そんな感じでした」
「・・・転職されたんですか?」
「ええ、今の会社に来てから、まだ1年くらいなんですよ」
聞くと、彼が元いた会社は、ウチと同じくらいの規模の設計事務所。
経営が逼迫した状況で何とか持ち堪えていたところ
付き合いのあった今の会社の担当者から声を掛けられ、転職したと言うことだった。
「逃げたみたいで、しばらく引っかかってたんですけど。持ち直したって聞いて、ホッとしました」
「今、ウチもそんな感じですね。古市さんのところと契約できて、何とか繋がった、みたいな」
「何よりです。本当に、お役に立てて、良かった」

早々に吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、更に次の煙草に手を伸ばす。
会社で殆ど吸えないこともあり、どうしてもチェーンスモークになると、彼は笑う。
「バイトは、しばらく続けるんですか?」
「いえ・・・今月で」
「ウチの仕事が入るから?」
「それもありますし、丁度良い頃合いかな、と」
「そうか・・・ちょっと、複雑だな」
「え?」
人差し指で煙草を軽く叩き、灰を落とす。
瞬間、伏せられた目は、切なげな雰囲気を纏い、俺に向けられた。
「会いたい時に必ずいてくれる存在って、なかなか、いないから」


喪失感を口にした彼との、一つの関係が終わる日は刻々と近づいていた。
レジを前に彼と向かい合う僅かな時間は、俺にとっても日常のことになっていて
気がつくと、彼の来店を待っている自分がいる。
寂しい、その言葉の意味が、徐々に沁みてくるようだった。

古市さんの会社との正式な請負契約も済み、新たな物件が動き出す。
仕事に支障が出ない絶妙なタイミングで、バイトは最後の日を迎えた。
多分、彼の来店は普段より少し早かったと思う。
「今日で、最後ですよね?」
「ええ。これからは、本業に集中します」
「宜しくお願いしますね」
煙草を受け取る彼の表情には、微かな憂いが見て取れた。
「明日の朝、質疑のお電話入れたいんですけど、いつも何時くらいに出社されてるんですか?」
「え・・・始業が8時半なんで、8時10分には着く様にしてますよ」
「分かりました。では、その時に改めて」
釣りを差し出す手が、ほんの短い間、彼の手に包まれる。
「お疲れ様。ホントに、ありがとう」


いつもより大分早く家を出た朝。
地下鉄の入口近くに設けられた小さな喫煙所に赴く。
賭けには、勝てたようだった。
驚いた表情を浮かべながら、音楽を聞いていたらしい彼はイヤホンを外す。
「おはようございます」
「・・・おはよう。・・・どうして?」
「運動不足解消に、少し歩こうかと思いまして」
そう笑いかけると、彼の顔が俄かに解れて来る。
「これも何かの、縁ですから」

今まで、一日の疲れを癒し合ってきた関係は、一日の活力を与え合う関係に変わる。
そこに、必ずいる存在。
時間を見計らいながら至福の一時を過ごす彼を見て、その大切さを噛み締めた。

□ 39_因縁 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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