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因縁(1/4)

「いらっしゃいませ、こんばんわ~」
もうすぐ日を跨ぎそうな時間、気だるい雰囲気のコンビニの中。
窓際の雑誌のコーナーには、立読み客が2人。
心もとなくなった弁当の棚を覗くサラリーマンが右往左往しているのを見ながら
発泡酒を2本持ってレジへやって来た女の子に対応する。
「ありがとうございました」
目を合わせることも無く、去っていくその背中に声をかけた。

弁当を諦めたらしいスーツの男が、おにぎりとカップ麺を持って来た。
「あと、56番の煙草、2つ下さい」
相当なヘビースモーカーなんだな、といつも思う。
ここでバイトを始めて2ヶ月ちょっと。
俺より幾分年上だろう彼は必ず、この銘柄の煙草を2箱買っていく。
何人かいる常連客の中で、彼のことを覚えるのはかなり早い方だった。

「ありがとうございました」
レジ袋を受け取る彼に告げると、その表情がふと緩む。
「ありがとう。お疲れ様」
「あ、お疲れ様でした」
残業の疲れを見せながら、笑みを残して彼は店を出て行く。
バイトの時間が終わるまで、後30分ほど。
もう、ひと踏ん張り。
些細な優しさに力を貰い、彼と入れ替わるように入ってきた配送トラックの運転手に挨拶をする。


「本当に申し訳ない。この半年で何とか持ち直したいと思っているから、もう少し耐えて欲しい」
3ヶ月前のある朝。
社長は、社員を集めてそう言った。
総勢20人程度の、小さな設計事務所。
不況の煽りをモロに被った会社は、かなりまずいところまで傾いている。
基本給は保障されるものの、各種手当ては全てカット。
当然残業も無く、定時の夕方5時半には会社を出るようにとのお達しが出た。
只でさえ安い給料。
残業代で何とか賄って来た生活は、あっと言う間に苦しくなった。

ダブルワークは、今や社内でも暗黙の了解。
CADオペレーターの女の子は、夜の時間帯でのテレアポを始めたと話していた。
高校、大学とコンビニでバイトをして来たこともあり、レジに立つのは苦ではない。
それでも、本来の仕事が出来ない悔しさ、これからの生活に対する不安。
毎日変わらない客の消費行動を眺める度に、それらが大きくなっていくようだった。

社長初め、数名の営業が毎日客先を回っている。
にもかかわらず、やって来る仕事はちょっとした図面の修正や計算書の作成。
空虚な時間は、つまらない思考を巡らせる。
就職して今年で7年目。
それなりの経験も積み、必要と思われる資格も一通り取った。
30歳を目の前にして、転職を考えないことも無いけれど
会社を立て直そうと必死になっている社員の背中を見ると、背徳感に締め付けられる。
結局、もう少し頑張ってみようと言う結論に落ち着く日々だ。


「伊澤君、ちょっと」
夜のバイトにも慣れて、疲れを上手く消化できるようになって来た頃。
営業の高砂さんに呼ばれ、ある資料を手渡された。
「新規のお客さんなんだけど。設計責任者の経歴書を出せって言うから、作ってくれるかな」
資料には、見慣れない横文字の会社名。
フィットネスクラブを主に手がけるコンサルティング会社だと言う。
「私で、良いんですか?」
「ああ、資格を重視するみたいだからね」
資格を裏打ちできる実力があるのかどうか、今でも悩むことがある。
高砂さんはそれを知っているのか、ある一言を付け加えた。
「大丈夫、今までの仕事振りを見て、君に任せることにしたんだよ」

先方との打合せは、来週の月曜日に決まった。
資料と一緒に渡された、英語混じりの名刺のコピー。
Subsection Chiefと言う役職の意味もよく分からないまま、その名前を眺める。
きっと英語とか、ペラペラなんだろう。
つまらない劣等感が、少し気を重くさせる。

過去に手がけた物件の資料を作り、細い糸を手繰り寄せる準備をする。
ベテランの先輩方が何人もいる中で、責任者として矢面に立つプレッシャー。
しかも、会社の存続もかかる契約。
多少のハッタリも必要、緊張をそう言って笑い飛ばしてくれた高砂さんの為にも
何が何でも、後退ることは許されなかった。

□ 39_因縁 □
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因縁(2/4)

バイト先のコンビニは、家から自転車で10分程度のところにある。
俺が使っている都営新宿線の最寄り駅の近くではなく、半蔵門線の駅に近い場所。
この周辺に知り合いもいない。
何となく後ろめたい気分が、そうさせたのかも知れない。

週末の夜。
まだ飲み足りないと言った雰囲気を振りまきながら、上品には見えない中年のカップルが来店した。
騒がしく何種類もの酒をカゴに放り込み、乱暴にカウンターへ置く。
黙々とレジを打っていると、男が俺の顔を覗きこんでくる。
「若くも無いのに、コンビニバイトかよ」
嘲りを含んだ笑い声を上げながら、彼はそう言った。
「・・・3450円になります」
ムカつく気持ちをなだめながら、あくまで平常心での対応を心がける。
放り投げられた500円玉が、床に落ちた。
しゃがみ込んでその行方を捜していると、頭の上から追い討ちをかけるような言葉が降る。
「時給数百円で床に這いつくばって、惨めだな」
歯を食いしばりながら、棚の下に落ちている硬貨に手を伸ばした。

「あんたの方が、まともな職に就いてる様には見えないけどね」
立ち上がろうとした時、そんな声が聞こえてくる。
「何だと?」
その声の主は、ヘビースモーカーの彼だった。
「コンビニ店員いびる事でしか、ストレス解消できない訳?」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、こら」
「お客様・・・」
一触即発の空気にうろたえる声が、少し震えた。
相反するように、スーツ姿の彼は、あくまで冷静な口調で畳み掛ける。
「オレには、そっちの方がよっぽど惨めに見えるよ」
舌打ちの音が、店内の雰囲気を居た堪れなくする。
憎々しい表情を浮かべる男を引き留めたのは、連れの女だった。
「もう良いよ、早く行こう」
俺が差し出した釣りを奪い取るように、彼は常連を睨みつけながら出て行く。
微妙な空気の中、彼は何も無かったかのように笑みを浮かべて言った。
「全く・・・誰のお陰で、こんな便利な生活送れてると思ってるんだろうね」


青山なんて、上京してから今まで、何回来たことがあるだろう。
もしかしたら、初めてかも知れない。
そんな街を、緊張感に包まれながら歩く。
新しい取引先のオフィスは、大通りから一本路地を入った所にある。
高砂さんの後ろを歩く足取りは決して軽いものじゃなかった。
資料の重みも相まって、肩の力が知らず知らずのうちに入ってしまう。

「古市は間もなく参りますので、少々こちらでお待ち下さい」
大きなガラス窓に面した打合せスペース。
コーヒーを出してくれた女性が、そう言いながら奥へ戻っていく。
「アメリカとか、ヨーロッパにも支社があるんですね」
「元はドイツの会社らしいよ」
「はぁ・・・」
「別に気負んなくて良いさ。日本じゃ、日本のやり方で進める訳だから」
「そうですけど・・・」
不安のメーターが徐々に上がっていくのを感じる。
その時、一人の男がブースの中に入ってきた。
「すみません、お待たせしました」
担当者の顔を見て、一瞬、時間が止まったような気がした。


何故、と言うような表情を浮かべた彼は、すぐに平常心を取り戻したようだった。
一通り名刺交換をした後、俺の向かいの席に座り、早速本題に入る。
「今まで、こう言ったフィットネスクラブの設計実績って言うのは、どの程度ありますか?」
「それほど多くはありませんが、幾つか手がけております」
持ってきた図面を提示しながら、その内容を説明する。
「フィットネスではありませんが、スパやプールの施設を持つホテル等も担当致しました」
「ろ過設備を含んだシステムについては、如何ですか?」
「その辺りは大丈夫です」
一概にフィットネスクラブと言っても、建物に設置される設備は多岐に及び
特にプールやスパと言った大規模な水廻りは、特殊な設計が求められる。

真剣な眼差しで資料を眺めていた彼は、ふと顔を上げ、俺の顔を窺う。
コンビニ店員じゃなかったのか?何で、ここにいる?
そう詮索されるに違いないと思う気持ちで一杯だった俺は、あまりの居た堪れなさに視線を外す。
ウチの会社の事情なんて、先方にとってはどうでも良いこと。
設計者がバイトをしているなんて、片手間での仕事だと思われても仕方が無い。

そんな俺の気持ちを察しているのか、彼は見慣れた柔和な表情を浮かべ訊ねて来る。
「伊澤さんは、設備士資格をお持ちなんですか」
「え、ええ。一応、学会資格と国家資格を」
「大変ですよね、仕事しながらだと。一発合格ですか?」
「おかげ様で・・・」
「すごいな。僕は一回筆記落ちてから、チャレンジしてませんよ」
とは言え、彼の名刺の肩書きには一級建築士の文字。
俺にとっては、そっちの方が、よっぽど立派に見える。
客としての彼を知らなかったら、こんな惨めな気持ちになることも無かったんだろうか。


「御社は設計実績にも幅がありますし、ウチの仕事をお任せするには十分過ぎますね」
「ありがとうございます」
高砂さんの緊張した面持ちに、ふと安堵が過ぎる。
「正式な委託契約と、新規案件については、また後日でも宜しいですか?」
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
資料をまとめながら、彼は俺の方に向き直す。
「改めて、宜しくお願いしますね。頼りにさせて頂きますので」
「こちらこそ・・・宜しくお願い致します」

□ 39_因縁 □
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因縁(3/4)

大通りに面した喫煙スペース。
「何とか・・・首の皮一枚繋がった感じかな?」
煙を吐き出す高砂さんは、疲れた笑顔を見せる。
「ですかね。思ったよりも、大規模で複合的な施設が多いんですね」
「やれそう?」
「・・・頑張ります」
もう一本、そう言って新しい煙草に火をつけた彼は、並木道を眺めながら呟いた。
「君たちには言って無かったけど・・・営業もこの間からノルマ制になってね」
「ノルマ?」
「切られた手当ての代わりに、契約取ってきたら幾らって感じで」
「そんな状況なんですか」
「ハッパ掛ける意味なんだろうけど・・・キツイよな」
「ですね・・・」
契約締結目前にしては表情が固いのは、そのストレスのせいだろうか。
高砂さんも、元は設計職だった。
技術営業と言う形で外を周る内に、徐々に営業を任されることになったそうだ。
設計に戻りたい、酔った勢いでそんなことを言っていたことを思い出す。

「伊澤君は、バイトの方、どうなの?」
通りの反対側にあるコンビニを見遣りながら、彼は言う。
「よく身体持つよねぇ。まだ若いからかな」
「慣れてきましたけど、土日は一気に疲れが来ますね」
「本格的に仕事が動くようになったら、こっちに集中してよ?」
「もちろんですよ。そろそろ契約の延長の話があるんで、その時に辞める旨を」
「じゃ、丁度良かったかもね」

歩道に背を向けていた俺たちには、その気配が分からなかった。
「先ほどは、どうも」
振り返ると、そこに立っていたのは古市さんだった。
いつも買って行く煙草の箱から1本取り出し、火を点ける。
「ビル自体が禁煙なもんでね。ここまで来ないとならないんですよ」
そう笑う表情は、まさに至福の時、と言った風情。
「昨今は、喫煙者は肩身が狭いですからね」
「ウチは特に外資なんで、喫煙者には厳しいんです」
「禁煙とかは?」
「考えてませんね。残念ながら」
喫煙者同士の愚痴を聞き流しつつ、"お客さん"の姿を目に収める。
彼の来店がバイトを続けられる一つの拠り所になっていたことは確かだった。
それなのに、次のシフトが怖い。
どんな顔をして彼に応対すれば良いのか、分からなかった。


安らぎと寂しさは同居できるものらしい。
夜、シフトが終わる直前の時間。
煙草を求めてやってくる彼の姿は、まだ無かった。
商品棚の整理をしながら複雑な溜め息をついた時、来客を知らせるチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませ」
そう声を発しながら見返すと、若干息を切らせながら立つ客の姿があった。
仕舞い込んでいた緊張感がぶり返す。
俺を認め、顔を緩ませる表情に呼ばれるよう、俺はレジに向かった。

向かい合った彼が求める物を、言われる前に手渡す。
そんなやり取りが、少し前から出来るようになっていた。
互いの素性を知った後でも、それは変わらなかったけれど
彼の猜疑心がいつ向けられるのか、見えない恐怖が肩身を狭くした。

ちょうど客足が途切れていた、閑散とした店内。
彼から差し出される札をレジに収め、釣りを渡そうとした瞬間だった。
「良かった、間に合って」
穏やかな呟きが聞こえた。
思わず手の力が抜け、彼の手に僅かに触れる。
「あ、すみません・・・」
微かに震える手を引っ込めようとすると、すぐ下にある指が動きを制止する。
その行為に動揺し、言葉が出ない中
彼は軽く握るように力を込めながら、いつもの挨拶を口にした。
「ありがとう。お疲れ様」


古市さんからの電話があったのは、高砂さんが外回りに出かけているタイミングだった。
「改めて、上も同席しての打合せをお願いしたいんですが、ご予定は如何ですか?」
必死に走る営業のベテランにも言えなかった、俺と彼とのもう一つの繋がり。
もしかしたら、それが元で話が立ち消えるかも知れない。
そんな懸念を抱いていた俺は、その言葉でやっと重圧から解放された気分だった。
「こちらは、ご指示頂いたお時間に合わせます」
「そうですか。でしたら、来週の水曜日の午後でお願いできますか」
「分かりました。高砂にも伝えます」
確認するべきスケジュールも、特に無い。
空白が続く卓上のカレンダーに、やっと赤い文字の予定が入る。

「ああ、あと」
電話から聞こえてくる彼の声のトーンが、少し変わったようだった。
「ちょっとお話しする時間、取れません?」
「えっと、それは・・・」
「大したことじゃないんですけどね。今日とか、大丈夫です?」
あまりに唐突な提案、しかも高砂さんは今日直帰予定になっている。
「今日は高砂の予定が、ちょっと・・・明日では、まずいですか」
「いえ、伊澤さんだけで構いませんよ」
「はあ・・・私は大丈夫ですが」
「じゃ、夜の8時に、いつもの所で」
「いつもの所?」
「ええ、いつもの所。今日は、お休みですよね?」

□ 39_因縁 □
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因縁(4/4)

毎週木曜日は、夕方から設計の定例会議がある。
だから、バイトは入れていない。
彼はそれを知った上で、誘って来たのだろう。
引っ張られるように縮まる、彼との距離。

珍しく会議の時間が押し、自宅には戻れないと悟る。
彼と出会ったのは、待ち合わせ場所ではなく、いつもとは違う半蔵門線の駅に降り立った時だった。
「同じ電車だったんですかね」
「そうみたいですね」
物珍しげに駅の周りを眺めている俺に、彼は一つの質問をしてくる。
「伊澤さん、この駅使ってるんじゃないでしょう?」
「え?ああ・・・自宅は新宿線の方に近いので」
「なら、結構遠くないですか。この辺」
「自転車で10分・・・くらいかな」
「そっか、どうりで朝、一度も見かけないはずだ」

数分歩き、路地を曲がった所にある大通りの向こうに、バイト先のコンビニが見えてくる。
古市さんは、ふとそちらの方を見遣りながら、手前の居酒屋に入っていく。
「飯、まだですよね?」
柔らかな笑顔に、緊張感が高まる。
話の本題は、明らかだ。
どう話せば心証を悪くしないで済むのか、そればかりが頭を巡っていた。


初めての店じゃなさそうだった。
慣れた風に幾つか頼み、先にやって来たビールが目の前に置かれる。
「今日は仕事の話を、って訳じゃ無いんで」
そう言って彼はグラスを軽く上げて、液体を流し込んでいく。
見慣れた煙草の箱が、その脇に2つ重ねて置かれていた。
「これも、何かの縁かなって思って、ね」
「縁・・・?」
「こんな偶然って、そう無いじゃないですか」
「まぁ・・・本当は、あっちゃいけないんでしょうが」
あって欲しくなかった偶然に、俺は苦笑することしか出来ない。

煙草に火をつける彼の顔が、こちらに向けられる。
薄く開いた口から出て行く煙で、その視線が僅かにぶれた。
「やっぱり・・・結構厳しいですか?会社」
言葉を選ぶ俺に、同情を感じさせる口調で彼は続ける。
「高砂さんからも、状況は少し伺ってたんですが」
「すみません・・・ホントに、あの」
「この不況じゃ、どうしようも無いですよね。僕が前にいた会社も、そんな感じでした」
「・・・転職されたんですか?」
「ええ、今の会社に来てから、まだ1年くらいなんですよ」
聞くと、彼が元いた会社は、ウチと同じくらいの規模の設計事務所。
経営が逼迫した状況で何とか持ち堪えていたところ
付き合いのあった今の会社の担当者から声を掛けられ、転職したと言うことだった。
「逃げたみたいで、しばらく引っかかってたんですけど。持ち直したって聞いて、ホッとしました」
「今、ウチもそんな感じですね。古市さんのところと契約できて、何とか繋がった、みたいな」
「何よりです。本当に、お役に立てて、良かった」

早々に吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、更に次の煙草に手を伸ばす。
会社で殆ど吸えないこともあり、どうしてもチェーンスモークになると、彼は笑う。
「バイトは、しばらく続けるんですか?」
「いえ・・・今月で」
「ウチの仕事が入るから?」
「それもありますし、丁度良い頃合いかな、と」
「そうか・・・ちょっと、複雑だな」
「え?」
人差し指で煙草を軽く叩き、灰を落とす。
瞬間、伏せられた目は、切なげな雰囲気を纏い、俺に向けられた。
「会いたい時に必ずいてくれる存在って、なかなか、いないから」


喪失感を口にした彼との、一つの関係が終わる日は刻々と近づいていた。
レジを前に彼と向かい合う僅かな時間は、俺にとっても日常のことになっていて
気がつくと、彼の来店を待っている自分がいる。
寂しい、その言葉の意味が、徐々に沁みてくるようだった。

古市さんの会社との正式な請負契約も済み、新たな物件が動き出す。
仕事に支障が出ない絶妙なタイミングで、バイトは最後の日を迎えた。
多分、彼の来店は普段より少し早かったと思う。
「今日で、最後ですよね?」
「ええ。これからは、本業に集中します」
「宜しくお願いしますね」
煙草を受け取る彼の表情には、微かな憂いが見て取れた。
「明日の朝、質疑のお電話入れたいんですけど、いつも何時くらいに出社されてるんですか?」
「え・・・始業が8時半なんで、8時10分には着く様にしてますよ」
「分かりました。では、その時に改めて」
釣りを差し出す手が、ほんの短い間、彼の手に包まれる。
「お疲れ様。ホントに、ありがとう」


いつもより大分早く家を出た朝。
地下鉄の入口近くに設けられた小さな喫煙所に赴く。
賭けには、勝てたようだった。
驚いた表情を浮かべながら、音楽を聞いていたらしい彼はイヤホンを外す。
「おはようございます」
「・・・おはよう。・・・どうして?」
「運動不足解消に、少し歩こうかと思いまして」
そう笑いかけると、彼の顔が俄かに解れて来る。
「これも何かの、縁ですから」

今まで、一日の疲れを癒し合ってきた関係は、一日の活力を与え合う関係に変わる。
そこに、必ずいる存在。
時間を見計らいながら至福の一時を過ごす彼を見て、その大切さを噛み締めた。

□ 39_因縁 □
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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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