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挽回(2/4)

あんなに激しく動揺した彼の顔を見たのは、初めてだった。
咄嗟に目を逸らし、隣の女性の手を引いて、足早に立ち去って行く彼の背中を見て
僕の中には、居た堪れない気持ちが芽生える。

時間は、まだ夜の7時前。
スーツ姿だったから、今日も通常の業務だったのだろう。
けれど、彼の会社は品川の方にあるから、定時に会社を出たとしても、時間的におかしい。
会社を抜け出して、人妻と援交?
僕が抱く彼の幻影が、微妙に歪んでいく。
明日、教室で、どんな顔をすれば良いんだろう。
憂鬱な気分で、僕はコーラを飲み干した。


次の日の夜、講義の時間。
和樹さんは、始業時間になっても現れなかった。
2コマ目が始まってすぐ、すみません、と言いながら彼は教室に入ってくる。
見上げる僕に一瞬視線を送り、前の座席に腰をかけた。
片肘を突いて講義を聞き始める彼の様子は、いつもと変わらない。
それがむしろ、僕の違和感を大きくしていった。

「急な案件が入っちゃってさ、まいったよ」
講義後、僕の方へ振り返り、和樹さんは言った。
「将吾君、今晩、ちょっと時間ある?」
「え・・・」
「今日の講義の前半部分、ポイントだけでも良いから、教えてくれないかな」
「・・・構いませんけど」
その口調は、まるで何も無かったかのようなもので
昨日のことには触れるなと、無言のプレッシャーをかけられているような気分になる。
「悪いね、夕飯はおごるからさ」
若干疲れた様子を見せる彼は、スマートな笑顔を僕に向けた。

行きつけになっているファミレスで食事をした後、そのままテキストを広げる。
試験まで残すところ1ヶ月と言う時期もあり、今日は法規問題に特化した内容だった。
「ああ、オレ、法規って苦手だ」
「でも、出るポイントは概ね過去問に沿ってますから」
「ふ~ん・・・勉強、順調そうだねぇ」
「そうでも無いんですが・・・学科の中では、法規が一番好きかも」
「技術屋の割に、意外と文系?」
そう笑いながら、和樹さんは、僕が書いた乱雑なメモをテキストに書き込んでいく。
やや崩れがちの、けれど整った字を書く彼の手を、しばらく眺める。
その視線に気がついたのか、ふと顔を上げた。
「どうしたの?」
「いや、字が綺麗だな、と」
「そうかな?相当癖字だと思ってるんだけど」
「僕なんか、子供の頃から変わらないような字なんで、綺麗な字をかける人が羨ましい」
「特徴あって、良いじゃない。ま、字なんて読めれば良いんだし」
彼の視線が、再びテーブル上のテキストに落ちる。
僕は、精神的にかかる静かな圧力を、押し返すべきなのか、考えあぐねていた。


「こんなもんかな・・・付き合わせちゃって、悪かったね」
講義内容を書き込んだテキストを閉じながら、和樹さんは僕を見る。
「いいですよ。・・・和樹さんは、勉強、どうですか?」
「ん~・・・どうかな。やっぱり、仕事の合間って言うと厳しいよね」
「ですよね。僕も、今は現場がちょっと落ち着いてるんで良いですけど・・・」
そう言った後で、マズい、と言う思いに囚われる。
向かいに座る彼の表情に、僅かな動揺が見て取れた。
「後1ヶ月ですし、やるしかないですよね」
僕は直前の発言を紛らわせるように、愛想笑いを作る。

短い沈黙の後、彼は小さく溜め息をついて、会話を再開する。
「現場、鶯谷に近いんだ?」
急に圧力が無くなり、薄ら寒い緊張が走った。
「え、ええ。そうなんですよ。中規模マンションで」
「いつも、あのマックで夕飯?」
「いえ・・・たまに、です」
そう、と短く答え、彼は眼鏡を外して目頭を押さえる。
細く、鋭い目が、僕を固まらせた。
「将吾君さ」
「・・・はい」
「不倫、したことある?」
「はぁ?」
質問の意図が分からなかった。
何よりも、僕は、これ以上和樹さんに幻滅していくことが、耐えられなかった。

□ 21_挽回 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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和樹の気持ち

若いツバメに入れ揚げるマダムの動機はなんとなく想像出来ます。
でも、和樹の動機が分からない…。
和樹が例え不倫をしていたとしても、それを将吾にわざわざ言う必要があるのか!?
何故!?

前に、車の中でする話が出てきたけど、それはお金を節約する為!?
私はラブ/ホって行った事無いです。夫は凄く用心深い性格で、盗/撮とかを警戒していますから。口喧しく注意されて、私まで警戒心がうつったみたい(笑)。
そういえば、車の中では最後までした事無いしね(笑)。
今回の題名は『挽回』。どういうふうに話が進行するのか、楽しみです!

子供じみた言動。

何でそんなこと言うのかね、と呆れる言動をする人は、結構多くいたりします。
その動機の多くは、気を惹く為、だと思っているのですが
実際のところは、どうか分かりません。

車での行為は、確かに金の無い学生時分に多かったです。
ホテルも、互いに実家住まいだった時には、よく行ってました。
あまり警戒することも無かったですね・・・田舎だったからでしょうか。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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