Blog TOP


挽回(4/4)

目覚まし時計が鳴る。
ぼんやりする頭を抱えながら、僕はそれを止める。
デジタル時計が指す時刻は、夜中の2時。
気合を入れようと顔を洗いに、洗面所に向かう。
試験開始は朝の9時半。
会場までは1時間ほどだから、とりあえず5時間は勉強できるだろう。
今日の計画をざっくり頭に浮かべながら、僕は最後の復習を始めた。

時計代わりに机に置いていた携帯が、不意に振動する。
空が白み始めた朝4時過ぎ。
こんな時間に電話が来るなんて、そう思いながら電話を手にした。
相手は、和樹さんだった。

「・・・まだ起きてたんだ」
「いえ・・・正確には、さっき起きたところで」
「朝起きて、勉強?」
「ええ」
電波状態が悪いのか、声が幾分くぐもって聞こえた。
「どうしたんですか、こんな時間に?」
「ああ、今日頑張って、って言っておこうと思って」
「え?」
「悪いけど、オレ、今日、行けそうも無いわ」
「体調でも・・・悪いんですか?」
「・・・ま、そんなとこ」
いつもとは違う調子で、ポツポツと喋る彼の声に、不安が募る。

筆記試験を受けないと言うことは、当然実地試験を受けることは出来ない。
僕と彼を結んでいるのは、講座を受講していると言う共通項だけ。
それが無くなれば、彼と会う機会は失われる。
「将吾君なら、大丈夫だよ。じゃあ、頑張って」
和樹さんは、そう言って電話を切った。
待ち受けに表示されている時刻が、1秒1秒進んでいくのを見ながら
目標が霞んでいくのを感じる。
本番を前に、冷静さと集中力が、一気に削られる思いだった。


自分の気持ちを整理できないままで望んだ割には、良く出来た方だろう。
試験を受けた時の手ごたえと言うのは、概ね結果に反映されるもので
会場となっていた大学の門を出る頃、僕は幾ばくかの安心感を掴んでいた。
長時間、問題と向き合った同志達が駅へ向かう波の中
ふと、道路脇のガードレールにもたれる人の姿が目に入る。
彼は僕に気がついたのか、立ち止まった僕を視線で招いた。

見慣れない私服姿に、明らかに殴られたと思われる顔の傷。
それでも、眼鏡の奥の瞳は優しかった。
「どうだった?試験」
「ええ・・・多分、大丈夫かな、と」
「何よりだね」
落ち着いた口調が、逆に怖かった。
「・・・どうしたんですか?」
多くの意味を含んだ質問を、僕は和樹さんに投げかける。

「ああ、最低の幕引きだったよ」
そう言って、彼は口角を上げ、鼻で笑う。
「友達に、バレてね」
親指で眼鏡のブリッジを押し上げ、僕を見る。
「くだらない鬱憤が、友達も、資格も、いろんなもん、持ってったよ」
「そう・・・ですか」
「君との、繋がりもね」
一瞬、路面に視線を落とし、再び僕の方へ移す。
「でも、失くしたままにしておきたくなかった・・・だから、待ってた」
彼の眼差しに、鼓動が早まった。
「最初から、素直に言っておけば、良かった」

彼の言っていることが、よく分からなかった。
もしかしたら、僕が期待している意味を含んでいるのかも知れない。
でも、そうじゃなかったら?
同性に好意以上のものを向けられる不快感は、自分でも想像できた。
心の奥底に抱える慕情が、恐怖に変わる。

「和樹さん、何を・・・」
彼の眼差しに、躊躇が見て取れた。
「ごめんね」
微かに震える僕の手を、彼の手が捉える。
瞬間、僕は彼の方へ引っ張られ、前のめりになった身体が、彼の腕に抱えられた。
「ちょ・・・っと」
「手に入らないもどかしさを、紛らわせたいだけだったんだ」
人の波は途切れていた。
けれど、目の前の車道には、引っ切り無しに車が通っていて
恥ずかしさで、彼の身体を少しずつ押し返す。
「どうしたん、ですか」
彼の腕の力が、徐々に弱まる。
見たことも無い不安げな視線が、僕に向けられていた。
「・・・オレのこと、嫌いにならないで、くれる?」

唐突な問に、戸惑いが隠せなかった。
息を吐く唇が、震えた。
「そんな・・・なりません、よ」
「・・・ありがとう」
腰に回された手に、そっと自分の手を添える。
彼の安堵の視線で、恐怖が少し、薄れた気がした。
「これからも・・・僕のこと、好きでいてくれますか?」
彼の指に自分の指を絡め、握り締める。
肌を通して感じられる体温が、溝を埋めていくように、熱くなっていった。

□ 21_挽回 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

高嶺の花

お互いに「高嶺の花」と思っていたとは…。
行動を起こしたのは和樹のほう。不様な姿を晒しての体当たり戦法!
でも、それが様似になっていたのは、和樹がエリート・サラリーマンだったからとも思えます。

男の人だって、ある程度勝算があると思ってモーションをかけるんでしょう…。
美人でも隙の無い人は、誘いにくいと思います。

お忙しい中で小説を書かれるのは大変でしょうね。
私は小説は書けませんし、クリエイティブな方は素直に尊敬します。

玉砕覚悟。

胸を焦がすような恋愛から遠ざかってしまった身としては
玉砕覚悟の恋愛も悪くない、と他人事のように思ってしまいますが
結局のところ、入り込む隙の無い相手に惹かれることは少ないですね。

文章を本格的に書き始めたのは、このblogが初めてですので
実のところは、ネタを搾り出すのに必死な毎日です。
最近、更新のペースが安定しておりませんが、何卒ご了承下さい。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR