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挽回(1/4)

「相原・・・和樹さん」
「はい」
「と・・・将吾さん」
「はい」
「で・・・え~、加藤さん」
夜7時過ぎ。
オフィス街のビルの中にある専門学校の教室では、これから国家資格の講座が始まる。
目指す資格は、1級管工事施工監理技士。
教室では、10名程度の生徒が、テキスト片手に講師の話を熱心に聞いている。
生徒、と言っても全員が社会人で、各々会社帰りに通学している。
もちろん、僕もその一人だ。

空調設備のサブコンに就職して4年目。
やっと受験資格が得られたこともあり、会社命令で通わされている。
とは言え、専門学校の学費や受験料は、試験に合格してからの支給。
要するに、受からなければ全て自腹。
一発で合格するようにと言う、厳しすぎる会社の愛だ。


「将吾君、飯でも食って行かない?」
講座が終わり、そう声をかけてきたのは、和樹さんだ。
「ええ、良いですね」
同じ講座に同じ苗字の人間がいるお陰で、僕らは共に名前で呼ばれるようになった。
正直、この歳になって他人に名前で呼ばれるのには抵抗がある。
今までだって、家族にくらいしか名前で呼ばれたことは無かったのに
むりやり距離感を縮められているような気がして、何処かもどかしい。

「セコカン、取れそう?」
学校の近くのファミレスで食事中、和樹さんはそう聞いてくる。
「いやぁ・・・どうでしょう。五分五分って感じです」
「でも、将吾君は実務、やってるからな」
「和樹さんは、現場経験無いんですか?」
「新人研修の時くらいでね。後はずっと設計だったから」
彼は、ガス会社の設計部門に勤めている。
施工管理技士は、通常現場管理などに必要な資格なのだけれども
彼の会社では、昇進する為に、その資格が必要なのだそうだ。
「実務経験はいくらでも誤魔化せるけど、実地試験がヤバそうでね」
そう不安を口にするが、模試の結果も彼は常に一番で、その優秀さはクラスの皆が認めている。
「ま、別に昇進なんか、したいと思わないんだけど」
笑いながら、眼鏡の向こうに、シニカルな表情を見せる。
そこはかとなく見せるエリート風が、一介の現場監督見習いである僕には、眩しく見えた。


「相原、勉強は進んでるか?」
現場終わりの点検作業中、先輩の溝口さんが意地悪な口調で聞いてくる。
「まぁ・・・そこそこ」
「仕事しながらって、キツいよなぁ」
「溝口さんは、持ってますよね?セコカン」
「ああ、でも」
彼は、片眉を上げて僕を見た。
「取れたのは、3回目」
「マジですか・・・」
「2回目までは独学だったからな。お前、学校行ってるんだろ?」
「そうですけど」
「んじゃ、大丈夫だよ。我を忘れて、勉強してりゃ」
「それが出来れば、苦労しないんですが」
全くだ、そう言って先輩は豪快に笑う。

実際、昼間に仕事をして、夜に学校に行くというのは、思っていたよりもきつかった。
朝7時半に現場に入って、夜6時に現場を出て、7時に学校に行って、帰宅するのは11時前。
もっとも、講座は週に2回だから、それ以外の日は自学出来るのだけれど
意志の弱さも手伝ってか、自室の机に置かれたテキストを開く気力は、なかなか出ない。

「悩める勉学青年は、今日は学校?」
「いえ、違いますけど・・・行きませんよ?」
「何だよ。一発抜いてくれば、頭もスッキリするんじゃね?」
今常駐している現場は、駅で言うと、鶯谷に近い。
それもあってか、溝口さんは現場の職人さんたちを引き連れて、吉原通いに精を出している。
「病気、怖いんで」
「大丈夫、今は医療技術も発達してるから」
僕は、乾いた笑いで、その誘いを断る。
そんなことが、ほぼ日常になっていた。


駅前のマクドナルドで、簡単な夕食を取る。
狭い店内は結構な人の入りで、閑散とした駅前とは対照的だった。
ふと、斜向かいのカップルに目が行く。
50を過ぎたくらいのサラリーマンと、高校生にしか見えない派手な化粧の女の子。
溝口さん曰くの違和感カップルだな、そんなことを思う。

ラブホテルが林立するこの場所は、援交のメッカ。
昼でも夜でも、違和感カップルが微妙な距離で並び、建物に吸い込まれて行く。
需要と供給が合致してるんだろうから良いのかな、そんな風にも思うけれど
真昼間から見せ付けられたりすると、仕事しろよと一喝してやりたくもなる。

ぼんやりと窓の外を眺めていると、駅の方へ歩いていくカップルが目に入る。
微妙な距離感、女性の指だけに光る結婚指輪。
ふと、男性がこちらに視線を向けた。
暗がりの中の顔と目が合った僕は、身体が固まる。
それは、和樹さんだった。

□ 21_挽回 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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