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挽回(3/4)

眼鏡を外し、窓の外の雑踏を眺める彼を、僕は緊張の中で見ていた。
あの夜のことを聞いてみたいと言う好奇心は、確かにあった。
けれど、そこに踏み込んだことを、心底後悔していた。
僕の中の彼は、良い人で、憧れの対象でいて欲しい、そう思っていたからだ。

「いえ・・・無いですけど」
「オレもね、彼女が初めて」
言葉を失う僕を、何処か愉快そうに見て、彼は続ける。
「友達の、嫁さんなんだよね」
「え?」
「旦那が単身赴任している間に、ちょっと遊ぼうってさ」
「そんなの・・・」
「マズいよね。でもさ、それが、すげぇ良いの」
楽しげにそう言う彼を、直視できなかった。
軽蔑する言葉も、罵倒する言葉も思いつくのに、口に出来ない。
沸き上がる嫌悪感を、他のものが邪魔している。
憧れ以上の、何か、だったのかも知れない。

複雑な顔をする僕に、和樹さんは気がついたようだった。
「最悪なのは、分かってる。でも、罪悪感背負いながらヤるの、堪らないんだ」
「・・・そんな、もん、ですかね」
「束の間の快楽だってことも、お粗末な幕引きになるってことも、分かってるのに」
彼は眼鏡をかけ直し、首を左右に振って、パキパキと言う軽い音を鳴らす。
「・・・欲しいもん、素直に欲しいって言えたら、どんなに楽だろうね」
彼が欲するもの、手に入れてはいけないもの。
それが、あの行為?
自虐的に笑う彼を見て、僕は思う。
僕と彼の間には、深い深い溝がある、と言うことを。


試験前1週間ともなると、教室の雰囲気も些かピリピリとしてくる。
そんな中でも、和樹さんの振る舞いは殆ど変わることが無く
直前模試の結果も抜群で、クラスメイトの間では軽くやっかむ声まで上がるほどだった。

「この調子なら、本番もバッチリなんじゃないですか?」
珍しく和樹さんに飲みに誘われた夜、何と無しにそんなことを口にする。
「どうだろうね。オレ、本番に弱いから」
彼は、笑いながらそう言い、ビールを流し込む。
店に入る時点で下戸だと宣言していた彼の前には、既に空になったジョッキが2つ並んでいた。
「・・・大丈夫ですか?」
「何が?」
「そんなに、飲んで」
ああ、と彼は愉快そうに、僕の飲んでいる焼酎に手を伸ばす。
「将吾君は、結構イケる口?」
「ええ、まあ。会社入って、鍛えられたかも知れません」
「羨ましいね」
その言葉を聞いて、僕は意表を突かれた感覚になる。
羨まれることはあっても、誰かを羨むことなんてあるんだ、そんな思いだった。
「オレはね、ホント、ダメ」
壁にもたれ、大分赤くなった顔を僕に向ける。
「ちょっと良いレストランに行っても、女の軽薄なワインの知識聞いて、苦笑いするだけ」
「飲まない分、食べる方に集中できるじゃないですか」
「それじゃ、つまんないんだとさ」
不満げに、だけど何処か楽しそうに、ウーロン茶のグラスをカラカラと回す。
「・・・程度低い劣等感だなぁ、これ」

会計しておいて、そう言って万札を置いたままトイレに行った和樹さんが戻ってきたのは
かなりの時間が経ってからだった。
見るからに顔色が悪く、デキるリーマン風情の空気は、微塵も無かった。
「・・・帰れます?」
「タクシーで帰るから、大丈夫」
意識を取り戻すように何回か瞬きをして、スーツの上着に手をかける。
その拍子にバランスを崩し、僕の方へ倒れこんで来た。
肩で彼の顔を受け止める形になった僕は、思わぬことに動揺した。
「ああ、ゴメン」
「いえ・・・肩、貸しますから。とりあえず外まで頑張って下さい」
鼻を通り過ぎた薄い香りが、香水なのかシャンプーなのかは良く分からなかったけれど
僅かなきっかけが、僕の感情を動かして行く。

こういう時に限って、タクシーはなかなか捕まらない。
僕の肩に回された手に、あまり力は込められておらず
その分、彼の全身を、左半身と左腕で支える。
肩に乗せられた頭が僕の顔のすぐ側にあって、その髪が僕の頬をくすぐった。
腕の痺れが増してくるにつれ高まる昂揚感を、直視しないよう、耐える。

遠くに "空車" と表示されたタクシーが見えた。
「タクシー、来ましたよ?」
ぐったりしている和樹さんに声をかけると、不意に彼の手に力が入る。
肩にあった手が僕の右耳の辺りを掴み、一瞬、その唇が僕の左耳に触れた。
「今日は、ありがと。お疲れさん」
タクシーが目前に止まると同時に、彼は僕の肩をポンポンと叩いて離れていく。
「あ・・・お疲れ様でした」
突然のことに、瞬時に声が出なかった。
僕は、後に残された彼の重みと、残り香と、唇の感触を思い返しながら
彼との間にある、暗い溝を見つめる。
その深さに絶望しながら、彼に惹かれて行く気持ちを抑えきれずにいた。

□ 21_挽回 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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