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警笛(2/5)

適当に探した民宿は、大当たりだった。
結城さんがアピールしてくれた、地魚三昧の夕食。
建物のすぐ側には海があって、夜になると波の音がうるさいほどだ。
仕事では洗練された建物ばかりを見ているけれど
鄙びた感じの建物の方が、俺には性に合っているのかも知れない。
そう思うくらい、畳の匂いが心を和らげてくれる。

夜、海を見て来ようと外へ出る。
その時、入れ替わりに客が宿へ入って行った。
思わず、振り向いてしまった。
昼間、岩場にいた彼だった。
彼も一人旅なんだろうか、そう思いながら、砂浜に下りる。

波は、昼間に比べると少し高くなっていたようだ。
もっとも、暗くてよく見えないから、音だけでの判断。
寄せては返す波の音の中で、特に何を考えるでもなく時を過ごす。
やがて、その音が頭の中に入り込んで、夢か現か、よく分からなくなってくる。
波に酔いながら、来て良かったかも、と思う。


普段、目覚ましがけたたましく鳴っても、なかなか起きられないのに
こう言う時にやたらと早く起きてしまうのは、知らない内に興奮しているからなんだろうか。
海は朝日を受けて、輝いていた。
そう言えば、この辺りは本州で一番初めに初日の出が見られると有名だ。
誰よりも早く朝日を見られるなんて、ちょっと得した気分になる。

宿の1階にある食堂へ下りていく。
慌しく朝食の用意をしているおかみさんが、愛想良く挨拶をしてくれる。
テーブルに載ったシンプルな朝食を食べていると、昨日の彼がやって来た。
同じ宿に泊まる同士、というほどのものではなかったけれど、軽く会釈をした。

「お一人ですか?」
あらかた食べ終わり、お茶を飲んで一息ついていると、そう声をかけられる。
「ええ」
「観光で?」
観光と言えば観光だけど、目的はそこじゃない。
「あ~・・・電車に、乗りに」
その言葉を聞いて、彼は興味深そうな笑みを浮かべる。
「電車、お好きなんですか?」
「まぁ、好きですね」
「僕も、好きなんですよ」
同じ趣味、そう分かると、急に親近感を覚える。
何しろ、同年代で同じ趣味を持った人間が周りにいなかったこともあり
それも嬉しさに拍車をかける。

「銚子は初めてですか?」
「そうなんです。仕事関係の方から勧められて」
「僕は、結構来てるんです。四季がはっきり感じられて、良いんですよね」
「ああ、それは分かる気がします」
俺より少し年下かと思われる彼は、若干童顔の顔に似合わず口調がしっかりしている。
営業か何か、そんな職業に就いているのかな、と想像する。
「今日は、どうされるんですか?」
「昼の特急を取ってるんで、それまでどうしようかと思ってるんですよ」
「仲ノ町駅は見ました?」
「いえ・・・通り過ぎて来たかも」
「面白い機関車があるんですよ」
正直、あまり機関車には興味は無いのだけれど
どうせやることも無いし、何度も来ていると言う彼の話に乗るのも悪くない。
「じゃ、良かったら、案内して貰えませんか?」


彼は、石塚、と名乗った。
名刺は忘れてきたと笑っていたが、こんな所で名刺交換も無粋な気がして
それはそれで良いか、と思う。
海と離れるのが何となく名残惜しくて
民宿のある外川駅から、海岸沿いを歩いて犬吠へ向かった。
灯台が見えて来ると、ふと昨日の光景を思い出す。
崖の上から見ていた彼と、まさか一緒に行動するとは思わなかったけれど
あの時彼が何をしていたのか、それを聞くことは出来なかった。

仲ノ町駅は、今にも崩れそうな駅舎だった。
これが銚子電鉄の本社だと聞いて、二度驚く。
「ああ、あれですよ」
そう言って彼が指差した先には、奇妙な物が停まっている。
形はまさに凸型、と言う感じだろうか。
頭に付いた集電の為のビューゲルだけが、辛うじて電気機関車であることを表している。
「デキ3って言う、電気機関車なんです」
「へぇ・・・あれ、動くんですか?」
「みたいですよ。動いてるのは見たこと無いですけどね」

妙な機関車を楽しんだ後、お土産物で有名な濡れ煎餅を買う。
何回か貰ったことはあったけれど、どうもあの、ねっとりした食感に馴染めない。
「ちょっと焼くと良いですよ」
「でも、それじゃ濡れてる意味が無いような・・・」
「ま、それもそうなんですけど」
そんなことを話しながら、俺たちは小さな電車に乗り、銚子駅を目指す。

俺が乗る予定の特急は、既にホームに停まっていた。
「僕は、途中まで各駅で帰るんで」
そう言う彼と、ホームで別れる。
「また、何処かでお会いできると良いですね」
結局、彼と連絡先を交換することは無く、俺は銚子を後にする。
こういうのを、一期一会って言うのかな、そんなことを考えた。

□ 17_警笛 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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