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警笛(1/5)

お、新型車両だ。
導入されてから何ヶ月も経っているというのに
線路を通る車両を見かけると、そんな風に思って立ち止まってしまう。
SLや旧車よりも、とかく新型車両に目が行く。
ミーハーな奴、と言われても構わない。
新しい方がどう考えたって、力学的にもデザイン的にもカッコいいと思う。

最近では、それほど特殊でも無くなって来た、趣味:鉄道。
撮り鉄・録り鉄・乗り鉄・・・鉄道ファン分類で言えば、俺はライトな乗り鉄に入ると思う。
よっぽど珍しい車両でなければ写真を撮ろうとも思わないし
モーターのインバーター音なんて、正直よく分からない。
かと言って、乗りつぶしや一筆乗車にも、あまり興味が無い。
休みの日にふらっと出かけて、ただ電車に揺られているのが、好きだ。


「萩原くん、Y邸の矩計図出来た?」
「今修正中なんで、あと1時間もあれば」
「了解。出来たら、データこっちに回してね」
今は、八王子に新築される一軒家の図面を作成中。
事務所の社長でもある森下さんは、忙しそうに図面の整理をしている。
彼女の設計事務所に就職してから3年。
総勢5人の小さな所帯ではあるけれど、幾つかの建築雑誌に掲載経験のある森下さんの下
日々、デザインに関するディスカッションと、図面作成に明け暮れている。

「ミタカ建材の結城ですけど」
ある日の午後、床材メーカーの営業さんから電話がかかってきた。
結城さんは、森下さんとは事務所設立からの仲だそうで、よく出入りしている。
俺も顔を合わせることが多い。
実のところ、俺の趣味は彼に触発されて目覚めたといっても良いくらい
結城さんは筋金入りの鉄道ファンだ。
「お世話になります。萩原です」
「おお、萩原君か。最近、乗ってる?」
「いえ・・・あまり時間が無くて」
「そうか~。乗るには良い時期なんだけどねぇ」
多分、彼との話は、建材のことよりも電車のことの方が多いに違いない。

「実はね、来月から営業担当が替わるんだよ」
そう言う結城さんは、ちょっと嬉しそうだった。
「・・・昇進とか?」
うふふ、と言う彼特有の笑い声が聞こえたものの、はっきりした答えは無い。
「それで、来週辺り、後任と挨拶に行こうと思ってね」
「ええ、大丈夫ですよ」
「まぁ、萩原君と鉄話出来なくなるのは寂しいけどねぇ」
「そうですね」
「後任も、なかなか電車好きだから、話も合うと思うよ」
きっと、結城さんに仕込まれたに違いない。
何となく気の毒に思いながら、来週の約束を取り付ける。

「この時期、お勧めの路線なんて、あります?」
別れ際のお約束事項を聞いておく。
「そうだねぇ。銚子なんて、良さげだけど」
「銚子?銚子電鉄ですか?」
「うん、今の時期は魚が美味いよ」
それは、ちょっと魅力だ。
でも、ちょっと遠い。
今週末は・・・どうだろう。
「ま、僕のお勧めだから。ローカルな雰囲気、味わっておいでよ」


思いの外、仕事は順調に進み、珍しく週末は休めると言う状況になった。
こうやって週末の土日に休めることは、滅多に無いのがこの仕事。
結城さんに敬意を表して、と言う訳でもなかったけれど
何年か前に話題になった時には乗りそびれてしまったな、と言う思いもあった。

東京駅から、特急しおさいで2時間弱。
銚子駅は、大きくも無く、小さくも無く、地方都市の駅と言う雰囲気で満ちていた。
JRのホームの先に、小さな電車が停まっているのが見える。
あれが、今日の目的である銚子電鉄。
ネットや雑誌で見た事はあったけれど、実際に見るのは初めてだ。

土曜日だからなのか、思ったよりも乗客は多かった。
もっとも、小さな電車、感覚的には都電によく似た感じの大きさだから
多少の人でも、窮屈に感じてしまうのかも知れない。
乗り心地は決して良いとは言えなかったけれど、車窓に広がる風景はのどかで
いつも建物ばかりの眺めを見ているからか、とても新鮮に見えた。

犬吠、と言う駅で降りる。
しばらく歩くと、海と、白く小さな灯台が見えてきた。
水平線が丸く見えると有名な、犬吠崎灯台。
久しぶりに見る、東京湾以外の外海に、幾分心が躍った。

灯台の脇から、崖の下を見やる。
海のすぐ側は広く岩場になっていて、凪いだ海の波が、静かに打ち寄せていた。
その岩場に立つ、一人の男に目が行く。
彼は、海をぼんやり見ているようだった。
ふとポケットから何かを取り出すと、海へ放り投げる。
それは、金属だったのか、キラキラと輝きながら、波間に落ちていった。
まるで傷心旅行の女の子みたいだな、そんなことを考える。
傷心とは程遠い生活を送る俺には、メランコリックな感情が、ちょっと羨ましかった。

□ 17_警笛 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

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千葉の外海

鉄道や釣りは「男の趣味」というイメージがします。
車は、あの車カッコいい!とか思ったりするけど、あの電車カッコいい!って思わないわ、よく考えりゃ(笑)。
千葉の外海。…年中、風が吹き付ける感じがします。当たってますか?

困ったものです

私は全く逆でして、車にはあまり興味が無いのですが
朝の通勤電車を眺めて、思わず興奮してしまう困った習性を持っております。

千葉の外海、外房の方は確かに風が強いかも知れません。
台風が近づくと大変そうですが、比較的温暖で良い所ですよ。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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