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成就★(9/13)

沈黙に痺れを切らしたのか、仁科さんは少し離れて座った俺の肩に手をかける。
「聞かないでおこうと思ってたけど」
手に力がかかり、俺は彼の方へ向き直る。
「何をされたか、全部言え」
夜の行為が頭を巡る。
言える訳が無い。
心の動揺が、身体を震えさせた。
彼は肩から腕に手を滑らせ、スウェットの袖を捲り上げる。
手首には、拘束の跡がくっきりと残っていた。
細めた目の眉間に皺が寄る。
「行為に囚われているのか、あの人に囚われているのか、どっちだ」
跡の付いた腕を擦りながら、彼は俺の目を見つめた。

「・・・こんなはずじゃ、なかったのに」
俺は、あの出来事を全て彼に話した。
その行為が繰り返されることを求めている、と言うことも含めて。
彼は何も言わず、俺の腕に手を乗せたまま、聞いていた。

狭い部屋に、無言の時が流れる。
彼は床を見つめて何かを考えていた。
その視線が向けられたと思った瞬間、ベッドに押し倒される。
「仁科、さん?」
彼の顔が近づいてくる。
「お前が望むなら・・・オレが代わりにやってやる」
鼓動が早まった。
「それで、あの人から逃れられるなら」
警告も聞かず、手を掴むこともしなかったのに、彼はまだ俺を見捨てない。


こんな状況で、身体中が火照って来るのを感じる。
悲壮な覚悟で俺と対峙する彼に、心から申し訳ないと思った。
彼は、俺の口の周りを指で擦る。
「無理矢理、入れられたか」
指が通った後に僅かな痛みを感じ、自分で気が付かない傷を負っていることが分かる。
その傷を癒す様に、彼の舌が口の周りを濡らした。
くすぐったいような感覚で、身を捩る。
「どうして欲しいんだ?」
すぐ目の前の上司は、俺にそう問いかけた。

上司と部下と言う関係を続けて、もう5年くらいになる。
しかし、あくまで仕事上の繋がりであって
プライベートなことに踏み込まないのは、暗黙の了解だと思っていた。
その一線を、彼は越えて来ようとしている。
「・・・ダメです」
視線を外し、そう言った。
「もっと、オレを頼って・・・甘えて来いよ」
彼の手が頬にかかり、俺は再び彼と向き合う。
ゆっくりと顔が迫り、やがて唇が重なった。
乾いた唇の感触に、何かが解けていくような、そんな気がした。

「どうして、こんな」
「別に、オレも男に興味がある訳じゃ無い」
口の端を上げて、仁科さんは笑う。
「お前が、そうして欲しいって顔してたから」
「なっ・・・」
「いつでも良い。道を外れそうになったら、オレの所に来るんだ」
「・・・はい」
「お前がして欲しいこと、何でもしてやる」
真剣な表情に、背筋が寒くなる。
上司に加虐を求める背徳感が、俺を静かに激情させた。


帰り際、仁科さんはUSBメモリを手渡して来た。
「興味があれば、見てみろ」
仕事関係の資料だろうか、そう思って受け取る。
「ああ、あと」
上着のポケットから煙草の箱を取り出して、ベッドに放り投げる。
「あんまり吸いすぎるなよ。体に悪い」
「仁科さんに言われたく無いですよ」
「まぁな」
いつもの上司の笑顔が、そこにあった。
「きつかったら、明日は午後からで良いぞ?」
「いえ、明日はちゃんと出ます」
「無理はするな」
そう言って、彼は玄関を後にした。

メモリに入っていたのは、Waveファイルだった。
嫌な予感がした。
聞くべきかどうか迷ったけれど、彼がこれを置いて行ったのには訳があるはずだ。
そう思い、再生した。

2、3分聞いただけで、気分が悪くなってくる。
仁科さんと山崎課長とのやり取りの一部始終であることは、ファイルサイズから予想できた。
凄い夜景ですね、そう言った仁科さんの声から、場所も想定できる。
課長の声は、俺の時とはまた違って、より暴力的に聞こえた。
虐待が始まって、仁科さんの声は殆ど聞こえなくなる。
やがて、課長の昂揚した声と、仁科さんの呻き声が重なる。

まともに聞いていられない、そう思って停止しようとした時
仁科さんの苦しげな声が聞こえて来た。
「部下には、手を、出さないで貰えませんか」
「君は・・・部下の為なら、自分がどうなっても良いと?」
「部下を守るのが、私の、務めです」

□ 16_成就★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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