成就★(8/13)
タクシーで家の近くのコンビニに乗りつける。
夜も2時を回り、雑誌を立ち読みする客もいなかった。
店員は時間をもてあますように、おでんの具をひっくり返している。
俺は、コーヒーとビールと、煙草を一箱買った。
父親が過激な嫌煙家だったからか、俺も普段煙草は吸わない。
煙草は身体に悪いもの、煙草を吸う奴はおかしい、そう聞かされて育った。
けれど、精神的にきつい時、何故か反射的に煙草に手が伸びる。
吸ってはいけない、そう思う背徳感情に苛まれるのが好きなのかも知れない。
自宅に帰り、真っ先にシャワーを浴びる。
腕や足についた拘束の跡、乳首の充血、あるはずのものが無い違和感。
そして、今までに無い、身体の痛み。
全てを洗い流したかったのに、自分の身体を見て、快感に打ち震えた時間を思い出す。
降り注ぐ温水の中で、僅かに昂る気持ちを抑えた。
引き出しから灰皿とライターを取り出し、ベッドに腰掛ける。
買ってきたのは赤いMarlboro。
仁科さんが吸っているのを横で見ていたからか、ついこれを選んでしまった。
火をつけて、思い切り吸い込む。
喉が刺激されるような感覚があり、少し頭がクラクラした。
溜息と一緒に、煙を吐き出す。
俺もこのまま消えてしまえれば、見えなくなる煙を見ながら、思う。
これからどうするべきだろう。
仁科さんに全てを話し、相談するべきか。
このまま、ずるずると山崎課長との関係を続けるか。
いっそ、会社も辞めて、何処かへ逃げるか。
どれも見通しは明るくない。
最悪な状況から抜け出す道は、朝まで悶々としていても、結局見つからないままだった。
自宅の電話のコール音で、現実に引き戻される。
時計を見ると、9時を過ぎていた。
4コール目で、電話は留守電に切り替わる。
「社会人が無断欠勤とはどう言う事だ?」
名乗らなくても、声で分かった。
「・・・とりあえず、今日は病欠にしておくから、明日は出て来いよ」
その口調に、怒りは無かった。
罪悪感が、ほんの少しだけ、融けた気がした。
知らない内に眠っていたようで、気が付くと、窓に西日が差し込んでいた。
煙草に火をつける。
夜買ったはずなのに、箱には殆ど残っていない。
ぼんやり煙をくゆらせていると、不意に、携帯が鳴る。
ディスプレイには、仁科係長、と表示されていた。
鳴り続ける電話を見つめ、意を決する。
「・・・お疲れ様です」
「今、家か?」
「そうです」
周りから、街の雑踏の音が聞こえる。
言葉に迷ったのか、一瞬会話が途切れた。
「・・・何があったんだ?」
滅多に聞くことの無い優しい声に、感情が急に込み上げる。
「・・・本当に、すみません」
消え入りそうな声で答えると、電話の向こうで溜め息が聞こえる。
「オレ、もう直帰予定だから。・・・1時間で行く」
そう言って、電話は切れた。
全てを話すべき時は、思いの外、早くやってきた。
玄関先で無表情の上司を前にして、顔が強張る。
ドアが閉まると、仁科さんは俺の顎に手をかけて上を向けた。
「顔は殴られて無いみたいだな」
「・・・はい」
「何よりだ。お前みたいな優男の顔が腫れてちゃ、目を引く」
仁科さんはベッドに腰掛け、ローテーブルに置かれた灰皿に目を移す。
「お前、煙草吸うの?」
「ええ・・・たまに」
「たまにって量じゃないだろ、これ」
そう言って、残り少なくなった箱から、煙草を一本取り出す。
「貰うぞ」
慣れた手つきで火をつけ一服すると、俺の方を見て言う。
「今回の物件の担当から、お前を降ろす」
「え・・・」
「もう、あの人と関わるな。仕事でも、個人的にも」
彼の表情は、切実だった。
どうして、首を縦に振らないのか。
彼は、きっとそう思ったに違いない。
この期に及んでも尚、俺は内に秘めた衝動が断ち切れなかった。
□ 16_成就★ □
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夜も2時を回り、雑誌を立ち読みする客もいなかった。
店員は時間をもてあますように、おでんの具をひっくり返している。
俺は、コーヒーとビールと、煙草を一箱買った。
父親が過激な嫌煙家だったからか、俺も普段煙草は吸わない。
煙草は身体に悪いもの、煙草を吸う奴はおかしい、そう聞かされて育った。
けれど、精神的にきつい時、何故か反射的に煙草に手が伸びる。
吸ってはいけない、そう思う背徳感情に苛まれるのが好きなのかも知れない。
自宅に帰り、真っ先にシャワーを浴びる。
腕や足についた拘束の跡、乳首の充血、あるはずのものが無い違和感。
そして、今までに無い、身体の痛み。
全てを洗い流したかったのに、自分の身体を見て、快感に打ち震えた時間を思い出す。
降り注ぐ温水の中で、僅かに昂る気持ちを抑えた。
引き出しから灰皿とライターを取り出し、ベッドに腰掛ける。
買ってきたのは赤いMarlboro。
仁科さんが吸っているのを横で見ていたからか、ついこれを選んでしまった。
火をつけて、思い切り吸い込む。
喉が刺激されるような感覚があり、少し頭がクラクラした。
溜息と一緒に、煙を吐き出す。
俺もこのまま消えてしまえれば、見えなくなる煙を見ながら、思う。
これからどうするべきだろう。
仁科さんに全てを話し、相談するべきか。
このまま、ずるずると山崎課長との関係を続けるか。
いっそ、会社も辞めて、何処かへ逃げるか。
どれも見通しは明るくない。
最悪な状況から抜け出す道は、朝まで悶々としていても、結局見つからないままだった。
自宅の電話のコール音で、現実に引き戻される。
時計を見ると、9時を過ぎていた。
4コール目で、電話は留守電に切り替わる。
「社会人が無断欠勤とはどう言う事だ?」
名乗らなくても、声で分かった。
「・・・とりあえず、今日は病欠にしておくから、明日は出て来いよ」
その口調に、怒りは無かった。
罪悪感が、ほんの少しだけ、融けた気がした。
知らない内に眠っていたようで、気が付くと、窓に西日が差し込んでいた。
煙草に火をつける。
夜買ったはずなのに、箱には殆ど残っていない。
ぼんやり煙をくゆらせていると、不意に、携帯が鳴る。
ディスプレイには、仁科係長、と表示されていた。
鳴り続ける電話を見つめ、意を決する。
「・・・お疲れ様です」
「今、家か?」
「そうです」
周りから、街の雑踏の音が聞こえる。
言葉に迷ったのか、一瞬会話が途切れた。
「・・・何があったんだ?」
滅多に聞くことの無い優しい声に、感情が急に込み上げる。
「・・・本当に、すみません」
消え入りそうな声で答えると、電話の向こうで溜め息が聞こえる。
「オレ、もう直帰予定だから。・・・1時間で行く」
そう言って、電話は切れた。
全てを話すべき時は、思いの外、早くやってきた。
玄関先で無表情の上司を前にして、顔が強張る。
ドアが閉まると、仁科さんは俺の顎に手をかけて上を向けた。
「顔は殴られて無いみたいだな」
「・・・はい」
「何よりだ。お前みたいな優男の顔が腫れてちゃ、目を引く」
仁科さんはベッドに腰掛け、ローテーブルに置かれた灰皿に目を移す。
「お前、煙草吸うの?」
「ええ・・・たまに」
「たまにって量じゃないだろ、これ」
そう言って、残り少なくなった箱から、煙草を一本取り出す。
「貰うぞ」
慣れた手つきで火をつけ一服すると、俺の方を見て言う。
「今回の物件の担当から、お前を降ろす」
「え・・・」
「もう、あの人と関わるな。仕事でも、個人的にも」
彼の表情は、切実だった。
どうして、首を縦に振らないのか。
彼は、きっとそう思ったに違いない。
この期に及んでも尚、俺は内に秘めた衝動が断ち切れなかった。
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コメント
ウスバカゲロウと蟻地獄
鬼畜なくせに、どこか優美なところを持つ山崎課長みたいな人は、今まで都筑の周囲にはいなかったから、蟻地獄の底まで引き摺りこまれそう。
そういえば、蟻地獄は優美で儚げなウスバカゲロウの幼虫でしたね?
そして、思ったとおりに2人の相性は良かったみたい(笑)。
「成就」って、何が?続きが激しく気になります~。
そういえば、蟻地獄は優美で儚げなウスバカゲロウの幼虫でしたね?
そして、思ったとおりに2人の相性は良かったみたい(笑)。
「成就」って、何が?続きが激しく気になります~。
願いが叶うこと
もしかしたら、人間は皆、蟻地獄の一面を持っているのかも知れません。
あるきっかけで引きずり込まれ、また違うきっかけで引きずり込み。
小説のタイトルは、いつも一編書き終わった後に考えています。
どんな意味があるのかを想像しつつ、ラストを楽しみにして頂ければと思います。
あるきっかけで引きずり込まれ、また違うきっかけで引きずり込み。
小説のタイトルは、いつも一編書き終わった後に考えています。
どんな意味があるのかを想像しつつ、ラストを楽しみにして頂ければと思います。