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成就★(4/13)

この嘘がばれたら、仁科さんはどうするだろう。
激怒するだろうか。
呆れて物も言えなくなるだろうか。

翌週の月曜日、約束の資料はメールで送ったと報告し、俺は会社を出た。
あの人のことだから、朝から落ち着かない気分でいたことくらいは気付いていたはずだ。
週末の土日は、何も食べることが出来ず、睡眠も殆ど取れなかった。
この判断は、まともじゃなかったと思う。
でも、この判断をするしかなかった、はずだ。

長い階段のアプローチの先には、既に鉄格子のシャッターが下りていた。
地下に回り、守衛室で山崎課長に取り次いで貰う。
「今、こちらに降りてくるとのことですから、少々お待ち下さい」
資料を渡すなんて言うのは、ただの口実であることは分かっていた。
律儀に持って来たのは馬鹿みたいだな、そんなことを思う。

奥から、課長が歩いてくる姿が見えた。
緊張感が走る。
課長は俺の顔を見て、満足そうな表情を浮かべた。
「じゃ、行こうか」
何処へ行くかを知らされないまま、俺は後に続く。
不安と恐怖と、仁科さんへの申し訳なさが、感情の殆どを占めていた。


タクシーの外に流れる風景は、あまり知らない場所だった。
大きな道に出ると、左側にお台場の風景が見えてきて、やっと自分の居場所を把握する。
車が停まったのは、名前だけは聞いたことのあるホテルだった。
夜景が綺麗でカップルに人気だと言う話だが、今の俺には何の感慨も無い。

ロビーには、意外にサラリーマンの姿も多い。
出張で東京へ来て、ここへ一泊、と言うことなのだろうか。
そう言う意味では、男二人で泊まることも、別段珍しいことじゃないんだろう。
目的がまともかどうかなんて、誰にも分からない。
俺と課長だって、出張中の上司と部下くらいにしか見えないはずだ。

フロントでチェックインをする課長を後ろから眺める。
その振る舞いから、彼がここに泊まるのは初めてじゃないんだろうと思う。
相手は奥さん、愛人、それとも男だろうか。
仁科さんも、ここに連れてこられたんだろうか。
理性を保つ為に、次から次へと思考を巡らせる。
その内に手続きは終わり、鍵を持った課長が目で合図を送ってくる。
目を閉じ、呼吸を整えた。
震える足を引きずるように、エレベーターへ向かう。


部屋から見える夜景は、確かに凄かった。
海側を向いている窓からは、レインボーブリッジからお台場、横浜までが一望できる。
俺は荷物もそのままに、遠くに揺られている船の灯りを見ていた。
「荷物くらい置いたら」
後ろから、持っていたカバンを取り上げられる。
ネクタイを緩めながら近づいてくる課長が、窓越しに見えた。
動くことも、振り返ることも出来なかった。

後ろから抱き締められる。
課長の顔が肩越しに覗いていた。
「君には、どうやって接待して貰おうかな」
耳元で囁かれる言葉で、背筋が凍る。
腕に力が入ったと思った瞬間、後ろを向かされ、突然みぞおちに一撃を喰らう。
あまりの痛みに、膝をついた。
「良い顔、見せてくれよ」
俺を見下ろしながら笑う課長の顔は、打合せ室での彼とは別人のようだった。
見事な夜景を背に、しばらくの間、暴力は続く。
身体を縮こませ、腕で顔を防護するのが精一杯だった。

今まで、誰かに殴られるような経験は殆ど無かった。
屈辱と憤りが入り混じるような感情が、朦朧とする頭の中を彷徨う。
痛みで喘ぐ身体は、ベッドの上に引きずり上げられた。
課長は俺の上に馬乗りになり、そのままネクタイを外し始める。
「何を・・・」
ネクタイが首の周りを滑り、床に落ちていくのが見えた。
ワイシャツのボタンに手をかけながら、彼は言った。
「分かるだろう?」
二の腕に鳥肌が立ち、震えで歯がカチカチと鳴った。
「ワイシャツを破かれたくなかったら、黙ってるんだね」

ボタンが外され、下に着ているTシャツの中に、手が入ってくる。
「見た目通り、痩せてるねぇ」
ゴツゴツした手の感触が腹や胸に広がってきて、寒気がした。
「・・・やめて下さい」
震える声で訴え、彼の腕を掴もうとする。
その腕を押しのけ、彼の手は俺の首元を押さえる。
「君の意思で来たんだろう?・・・何をされるか、分かってるにも拘わらず」
首を締め付けながら、彼は笑みを浮かべる。
底の無い闇に、落とされた気分だった。

□ 16_成就★ □   
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コメント

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ハラハラ、ドキドキ

文章が上手い!怖い!昔、テレビで見た古い米国のサスペンスにゾッとした感じの再来です。
この山崎課長、職場ではソフトにしてるんでしょうね?とんだ変質者ですね!
蟻地獄に落ちていくみたいです。ハラハラします。続きが気になります~。

魅力ありき

概してこう言う人間は、何処かしら魅力的な一面があったりするもので
そこが恐ろしくも、惹かれてしまう原因なのかも知れません。
自分だけにしか見せない変質的な部分を持っている人間に
言い知れぬ魅力を感じてしまうのは、個人的な気質でしょうか・・・。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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