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成就★(3/13)

瞬間、左腕を掴まれる。
驚きで声が出なかった。
「彼は、ホントに会社思いだよね」
「・・・どう言う、意味ですか」
「この間、彼に接待して貰って」
前の打合せで話していたのは、そのことだったのか。
「月曜日の夜かな」
仁科さんが傷だらけの顔で出社してきたのが火曜日。
その、前の日。
「・・・そうですか」
腕を掴まれたまま、俺の声は震えていたと思う。

俺の表情が固まっているのを確認するように、山崎課長はニヤリと笑う。
「あんな男が、泣きながら男のモノを咥えるんだから」
「・・・は?」
「会社の為なら、何でもするって言うからねぇ。やらせたんだよ」
「仰ってる意味が・・・」
震えは声から全身に広がっていた。
「どんなに殴られても、蹴られても、最後は宜しくお願いしますって帰ったからね」

堪忍袋の緒が切れる時、音はするもんなんだろうか。
楽しげにそんな話をする課長を見て、俺の頭の中で、何かが切れた。
最低だ、そう口から出かかった瞬間、逆の手でスーツの襟を掴まれる。
「次は、君の番だよ」
目の前の眼鏡の奥では、不気味に笑う目が俺を見ていた。
一人で行くな、仁科さんがどんな思いで、そう言ったのか。
気付くのが遅すぎた。

不意に、ドアの脇に置かれた内線電話が鳴り出す。
椅子が音を立てるほど、全身がびくついた。
山崎課長は小さな舌打ちをして、電話へ向かう。
「・・・ああ、そうだったな」
一先ず、ここからは解放されそうだ、そんな雰囲気を感じ取り
俺は、これ見よがしに資料を整理し始める。
程なく電話は終わり、山崎課長は不機嫌そうに言った。
「どうでもいい来客に、邪魔されるとはね」

机の上を適当に片付けながら、課長の視線は俺に向けられる。
「その資料は、君が持ってくるんだ。月曜日の夜7時。良いね」
気が遠くなりそうになるのを、ぐっと堪える。
「もし、仁科君と来るようなら」
襟元を掴まれ、引っ張られる。
課長の口が、俺の耳元で止まった。
「君の見ている前で、彼と楽しませて貰うよ?」
この気分を表す言葉を、俺は知らなかった。
目の前にあるのは、絶望だけだった。


「お客様」
そう声をかけられるまで、受付を素通りしたことに気が付かなかった。
慌てて来館証を返し、アプローチの階段に差し掛かる。
足が震えてスムーズに降りられないほど、動揺していた。
中程まで降りたところで、一旦腰を下ろす。
その時、携帯電話に着信があった。
仁科さんだった。
「お疲れ様です」
「お前、今、何処にいる?」
俺の出先を会社から聞いたのだろうか、明らかに怒っている声だった。
「・・・すみません」
小さく溜め息をつく声が聞こえる。
「言い訳は後で聞く。タクシーで拾ってやるから、15分くらい待ってろ」
仁科さんの後ろでは、新幹線のホームのアナウンスが流れていた。
分かりました、そう言って電話を切った。

顔を上げるのも億劫になっていた。
誰かが階段を上がってくる音に、視線を上げる。
「行くぞ」
目の前に、険しい顔をした仁科さんが立っていた。
俺は何も言えず、黙って後ろを付いていく。
今すぐ何処かに逃げ出したい。
そんな気分だった。

タクシーの中は、あたかも尋問室のような空気だった。
「どうして一人で行った」
「至急の案件だと言うことだったので・・・」
「オレに電話くらい出来るだろ?」
「すみません。時間が無いと、判断しました」
こうやってお叱りを受けるのは、特別なことではない。
けれど、直前に受けた傷に塩を擦り込まれる様に、俺の気分はどんどん落ちていく。

外には、見慣れた風景が流れ始める。
そろそろ会社に着くらしい。
荷物をまとめる仁科さんは、ふと呟いた。
「・・・何か、言われたか?」
どのことを言っているんだろう、と一瞬迷うが、どれも口に出せるような事ではなかった。
「いえ、特に・・・」
そう言うのが、やっとだった。

□ 16_成就★ □
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コメント

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冷や汗出そうです

噂に聞く枕営業。でも、相手の質が悪すぎるんですね?この山崎課長、既婚者だったらビックリしますよね。
主人公は大変なピンチに追い込まれてますね。
今回は、13回と長めのお話。話の展開がどうなるのか、続きが楽しみです。

体よりも大切な

言われてみて初めて気が付きました。そうか、これ、枕営業ですね。
長年建築業界に身を置いていますが、幸運にしてまだ遭遇したことはありません。
もっとも、体よりも金の方が好きな人が多いのも事実なので
金にならないものを求めるような酔狂な方は、いないのかも知れませんが。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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