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成就★(2/13)

あれから1週間ほど経った、火曜日の朝。
会社に出社してきた仁科さんの姿を見て、部署内が騒然となった。
顔の何箇所かに傷を作り、左目のまぶたが腫れ上がっている。
若干身体を引きずるような歩き方から、傷が付いているのは顔だけじゃないと分かった。
「仁科」
高木課長の声が飛ぶ。
「はい」
「どうした、それ」
「昨日、ちょっと・・・酔っ払いに絡まれまして」
「お前、そんな顔で客先行くのか?」
「すみません」
あまりに痛々しい顔で、表情は良く分からなかったけれど
慎重な口調から、何かを隠している、そんな気がした。

仁科さんは自席に着く前、事務の村上さんに声をかける。
「誉田建設の山崎課長から電話があったら、オレ、一日外出って言っておいて」
「分かりました」
例の物件に関する資料を眺める俺に一瞥をくれて、仁科さんは席に着く。
様子のおかしい上司に、気軽に声をかけられるほどの度胸は無かった。
再び資料に目を通していると、あちらから声がかかる。
「都築、進みはどうだ?」
「機械と電気から、設備の提案は上がってきてます」
「コスト含めてまとめるのに、どのくらいかかる?」
「明後日には」
そうか、と呟き、何かを考えている。
「オレ、木・金と出張だから」
「ええ」
「山崎課長から呼び出し喰らったら、来週明けに持ってくって言っておけ」
資料提出の期限は特に切られてはいなかったけれど
いつもの仁科さんなら、出すものはさっさと出す、と言うところだ。
まだ俺には、一人では任せられないと言うことなんだろうか。

夕方まで、仁科さんは殆ど口を開かなかった。
その時、会社の外線が鳴る。
「はい、ホウセツ設備技術二課です」
村上さんの視線が、仁科さんに移る。
「申し訳ございません。本日仁科は外出しておりまして」
山崎課長か、と悟る。
「・・・都築ですか?おりますが。少々お待ち下さい」
そのやり取りを聞いて、仁科さんが言う。
「資料は、今作成中だって言え。打合せの話が出たら、はぐらかしておけ」
いつもとは違う口調に、余計緊張する。
とりあえず、ペースに飲まれないようにしよう、そう思いながら受話器を取る。

「お電話替わりました。都築です」
「ああ、山崎だけど」
「お世話になります」
「例の資料、進みはどう?」
一先ず、電話での会話はつつがなく進んだ、と思う。
低く、落ち着いたトーンの声を聞いていると
きっと山崎課長は、足を組んで、頬杖を付きながら喋っているんだろう、そんな気がしてくる。
「ところで、仁科君は今日居ないんだって?」
「え、ええ・・・。何かあれば、お伝え致しますが」
思わず仁科さんを見る。
彼は、電話をかけている俺を、じっと見ていた。
「いや、別に。じゃ、宜しくね」
ただの電話なのに、妙な雰囲気だったせいか、掌が少し湿っぽい。

「何か言われたか?」
「いえ、特には。打合せの話も、出ませんでした」
仁科さんは俺の側に来て、そっと耳打ちする。
「何があっても、一人で打合せに行くな。良いな」
「・・・分かりました」
何かがおかしい。
けれど、その言葉の意味が、俺には分からなかった。


上司の命令と、元請けの要請。
どちらを重視するべきなのか、この時俺は、判断を誤ったのかも知れない。

仁科さんは出張中で、一応今日の夜には帰社予定だった。
高木課長も外出で、夕方戻り予定。
そんな中で、俺宛の電話がかかってきたのは午後の3時過ぎのこと。
「ああ、山崎だけど」
資料提出の催促だろうか、そのくらいの気持ちで聞いていた俺は
次の言葉を聞いて、一気に動揺する。
「急で悪いんだけど、ちょっと来られるかな?」
「今からですか?」
「施主から、来週火曜までに検討してもらいたい資料があるって話が出てね」
「ちょっと、上と相談を・・・」
そう言うや否や、山崎課長の鼻で笑うような声が聞こえた。
「君も担当だろう?君の判断で良いんじゃないのか?」
「そうですが・・・」
「時間は取らせないよ」
仁科さんの声が思い返される。
あれだけ緊迫した警告の言葉を聞いたのは、初めてだった。
けれど、期限が迫っていると言う話であれば、上司の帰りを待つ時間は無かった。
「わかりました。お伺いします」

相変わらず、噴水からは絶え間なく水が流れ落ちていた。
受付のお姉さんから来館証を受け取る手は、少し震えていたかも知れない。
以前と同じ打合せ室には、既に山崎課長がファイルを前に座っていた。
「お待たせしました」
「いやいや、急な話で悪いね」
新たな施主要望は、この地域のインフラの基礎資料についてだった。
電気・ガス・水道・下水、それぞれの敷設状況と料金形態について
ざっくりとまとめた資料が欲しいとのこと。
「この程度なら、何とかなるよね。火曜日の会議に使いたいらしいんだ」
「大丈夫かと思います」
「色々頼んで悪いんだけど」
悪いとは思って無いんだろう、山崎課長の表情からは、そんな印象を受けた。

「ところで、仁科君はどう?」
「・・・といいますと?」
山崎課長の笑みが、意味ありげなものに変わる。
「彼、いい男だよねぇ」
「はぁ・・・。本人も喜ぶと思います」
確かに、仁科さんは悪い顔では無いと思うが、そんなに言うほどのイケメンでもない。
背が高くてガタイも良く、いかつい風貌から、女性受けは良くないんじゃないだろうか。
「あんな男を懐柔できる気分は、最高だね」
「え?」
「何も聞いて無いんだ。・・・当たり前かな」
目だけが笑っていない笑みを浮かべる課長の意図は、全く分からない。
頭の中が軽く混乱する感覚を覚えた。

□ 16_成就★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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