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創始(5/5)

彼が所属するバス会社は、千葉から東京にかけて広い営業エリアを持っている。
エリア内での配置転換は、そう珍しいことでは無いと言う。
「どちらの方に、行くんですか?」
「来月の頭から、湾岸の方へ」
「・・・そうですか」
自分でも不思議なくらい、落ち込んでいた。
彼の笑みに触れることが出来なくなる、そのことに耐えられなかった。
そんな気持ちを悟られないよう、わざと彼から視線を外す。

「どうして・・・」
ふと言いかけた言葉を飲み込む。
「どうして、あんなバイトをしてたか、ってことですか?」
何か思い悩むような顔をしてしまった彼を見て、浅はかだったと後悔する。
「恥ずかしながら、兄がギャンブルで借金を作りまして」

金の無心を親に迫り、足りなくなると、弟である彼の元にもやって来た。
初めは家に来る程度だったのが、やがてバスにまで乗り込んで来るようになり
乗客に迷惑がかかることを恐れ、仕方なく金を渡していると言う。
給料だけでは足りなくなり、行き着いたのが、あのバイトだった。

「車を運転するのは慣れてますし、給料も良かったので」
一通り話し終わった彼は、深いため息をつく。
「これを機会に、兄の自己破産の申請を考えていますけど・・・上手く行くかどうか」
想像以上の重い話に、口を開くタイミングを逸していた。
そんな経験の無いオレが何を言っても、説得力は皆無だからだ。
「すみません、こんな私事をお話してしまって」
「いえ・・・大変ですね」
「自分勝手ですけど・・・話を聞いてもらって、少し気が楽になりました」

「どうぞ、お元気で」
彼は、少し先にあるコンビニの駐車場に向かって、歩いていく。
その背中を見ながら、心に空いた穴をどう埋めようか、そればかりを考えていた。


「何ですか?これ」
総務の人が持ってきた3枚の書類。
「引っ越し先、この中から選んでくれる?」
あれから2ヶ月。
交通費削減の為、遠方の借り上げ住宅を引き上げるとの話になったとのことで
地下鉄沿線の住居に引っ越すよう、お達しが出た。
「他のとこでもいいけど、家賃補助は減るからね」
唐突過ぎる、そう思いながら書類を眺めた。

「これ、いいじゃん」
後ろから覗き込んできた松永は、一枚を取り上げ、オレの顔の前に差し出してくる。
「妙典徒歩6分。始発駅だし、駅前にでかいスーパーもあるし、超便利」
「何だよ、不動産屋かよ」
「あぁ、南行徳徒歩3分も捨てがたいけど、やっぱ妙典だな」
松永が見向きもしない残りの一枚は、行徳からバスで10分。
これだけやたらと不便なのは、どうやら間取りが関係しているらしい。
「ワンルームってのは・・・引っ掛かるなぁ」
「何言ってんだよ、どうせ帰って寝るだけだろ?」
駅から至近の2物件はワンルーム、バス物件は2DK。
これで家賃はほぼ一緒だ。
「ま、とりあえず、全部見てくるわ」
「こんなの即決だろ?」
松永の手には、未だ妙典の書類。
「そんなに気に入ったんなら、お前も引っ越せば?」
「やだよ。引っ越し、面倒」


ワンルームは好きじゃない。
今の家が2DKと下手に広いだけあって、圧迫感がきつい。
松永お勧めの妙典のマンションは、特にその傾向が顕著だった。
良くこれだけ詰め込んだなと思わんばかりの間取り。
作り付けの狭い机、半間のクローゼット、室外機が半分を占めるバルコニー。
一目見て、無理だ、と思った。

妙典から大手町方向に1つ行った駅が行徳、更に1つ先が南行徳。
とりあえず進行方向順に見てみよう、と行徳で電車を降りる。
駅前に設置されたバスの路線図を眺め、目的のバス停を探すが、よく分からない。
書類と路線図を見比べていると、後ろから声をかけられる。
「どちらまで行かれるんですか?」
聞き覚えのある声に、ハッとした。

振り向くと、そこに立っていたのは、あの運転手の彼だった。
多分、驚きの表情は隠せなかったと思う。
彼もオレの顔を見て驚いたようで、一瞬、言葉が止まる。
「お久しぶりです」
「・・・こちらの方で運転されてるんですね」
「ええ、そうなんです」
彼の視線が、オレの手元に移る。
「ここなら、このバスで行けますよ」
彼が指し示したバスは、まさに彼が降りてきたものだった。
「お引っ越しですか?」
「ええ、会社都合で。とりあえず、物件を見てこようと思って」
「まぁ、バスなんでちょっと不便ですけど」
バスの運転手らしからぬことを言って、自虐的に笑う。
「357号線が近いんで、車があれば便利な場所ですよ」

10分ほどバスに揺られると、降りるバス停を知らせる車内アナウンスが流れる。
他に乗客はいなかった。
「こちらですよ」
彼が、そう声をかけてくれた。
小ぶりなバスは静かに停車し、オレは下車口に進む。
「ありがとう」
そう言うと、彼はあの笑顔を見せる。
磁気カードを差し出す手に、不意に、白い手袋をつけた手が触れた。
「この街、気に入っていただけると・・・嬉しいですけど」
滑らかな生地の感触が、背中を押した。
「・・・また、宜しく」
オレは笑顔を見せて、バスを降りる。

生ぬるい南風が、僅かな潮の香りを運んでくる。
ケヤキ並木が続く道を、小さなバスが走っていく。
再会を祝ってくれているかのように、空は青く晴れ渡っていた。

□ 15_創始 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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存在と存在感

花粉症のバスの運転手さんは、マスクをして大変だろうな…と思って、ハッと気付きました。地下鉄や電車に乗っていると、運転手の存在を全く意識しませんね。存在しているのに、意識しないと、あたかもそこに無いかの如く感じる。「存在」と「存在感」の違い。実際は、人間が意識しなくてもある「存在」。
バスだったから出会った二人。一緒に飲みに行ったら、展開が早いかも(笑)。でも、このお話は手袋越しにソッと手を触れるのが良いんですよね。

微妙な距離感

バスの運転手とは、乗降時に必ず顔を合わせます。
けれど、乗ってしまったら、確かにその存在は忘れがちです。
そんな微妙な距離感が、憧れを抱く対象としては丁度良いのかも知れません。

日常の小さな幸せを噛み締めるだけになるか、一気に仲を深めていくか
その後の展開は、皆様のご想像で楽しんで頂ければ幸いです。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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