Blog TOP


創始(3/5)

こういう時は座っちゃいけないと、何度後悔したことか。
その日のバスは何故か随分空いていて、空いた椅子の誘惑には勝てなかった。
「お客様、緑ヶ丘一丁目ですよ」
我に返ったのは、そう声を掛けられてからだ。
周りを見ても乗客は誰もおらず、目の前には、いつもの運転手が立っていた。
「あ・・・すみません」
「いいえ、いつもここで降りられるのに、どうしたんだろうと思いまして」
笑顔でそう言う彼に、若干の違和感を覚える。
制帽を被っていないからだろうか。
彼はこんな顔なのか、そんなことをぼんやりした頭で考えていると
あのキャバ嬢送迎の運転手の顔を思い出す。
そう言えば、似ているような・・・。

何かに気が付いたことが、顔に出たのだろうか。
彼は急に居心地の悪そうな表情を見せる。
場の空気が変わった気がして、オレはお礼を言いつつ下車口に向かった。
「あの・・・」
背後から、彼の緊張したような声が聞こえる。
「会社には、黙ってて貰えませんか」
この言葉で、確信を得る。
普通の会社員なら、バイトなんて許されない。
ましてや運転手である彼が、他の車を運転することで利益を得ることは
どんな事情があるにせよ、下手すれば解雇される可能性だってあるだろう。

振り返ると、俯いた制服姿の彼が立っていた。
対向車に照らされた彼とは、別人に見えた。
「別に、何か言うつもりは無いですよ」
オレは、無理矢理笑顔を作って、そう話しかける。
「・・・今日はありがとう。お疲れ様」
彼は何も言わず、深々と頭を下げた。

マンションまでの坂道を登りかけた時、後ろを振り向いた。
停まっていたバスが、ようやく動き出す。
不慮のこととは言え、何となく自分が悪いことをしたような気分になり
彼への申し訳なさを抱えながら、坂道を登った。


あれから、彼の笑顔を見ることは無くなってしまった。
オレに気を遣っているのか、自分の秘密がばれる事を恐れているのか。
その双方なのかも知れない。
そんな日が続く内、オレは一つのことに気が付く。
仕事のストレスも、疲れも、彼の笑顔に癒されていた、と。

嫁も子供も彼女もいないオレにとって、会社の仲間と談笑することはあっても
好意だけの笑顔に出会うことは、なかなか無い。
もちろん、彼とは運転手と客と言う関係ではあるけれど
オレは心の何処かで、それに限らないものを求めていた気もする。


ある夜。
最終バスは異常に混んでいて、オレは下車口のすぐ近くに立っていた。
背後では、笑顔を忘れてしまった運転手がハンドルを操っている。
目の前の席では、派手目の女の子が携帯電話を弄っていた。

駅を出てしばらくした頃、その彼女が彼をじっと見つめ、不意に声を上げる。
「靖行じゃん。あんた、バスなんか運転してるんだ」
オレを押しのけ、運賃箱の上に乗り出す。
明らかにうろたえたような彼が、冷静を装い注意を促す。
「お客様、危ないですから、お座り下さい」
あはは、と可愛げの無い笑い声を上げ、彼女は絡み続ける。
「だって、突然辞めちゃうからさ~。どうしたんだろって話してたんだよ?」
どうやら彼女は、あのキャバクラのキャバ嬢らしい。
周りの乗客も、徐々に怪訝な表情になっていく。
「女の子たちも寂しいって言ってたし~」
マズイ状況であることは、確かだった。

「君、ちょっとうるさいよ」
「はぁ?何?おじさん」
オレと7、8歳くらいしか変わらないじゃねぇかと思いつつ、ムカついた気分を抑える。
「静かに座ってなよ」
「あんたに関係ないでしょ?」
「他の人に迷惑だろ」
「どーだっていいじゃん」
埒が明かない、そう思った。
降車ボタンを押す。
『次、停まります』と言う機械的なアナウンスが流れた。
もちろん、いつも降りる場所じゃない。

バスが停まり、ドアが開く。
「2人分で」
そう言って磁気カードをかざし、彼女の手を引く。
「降りて」
「何すんの?離してよ」
「いいから、早く」
嫌がる彼女を半ば強引に、外へ押し出した。
振り向くと、困惑した表情の彼が目に入る。
オレは一時彼の目を見つめ、バスを降りた。
周りの乗客は、オレと彼女の痴話喧嘩だとでも思っただろうか。
それなら、その方が都合は良いけれど。

□ 15_創始 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR