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嫉妬★(3/7)

会社に戻ると、フロアの人影はまばらだった。
誕生席に座った吉澤課長は、厚いファイルに綴じられた資料をパラパラと眺めている。
「お疲れ。悪いね、週末なのに」
「いえ、今日の資料もあったし、錦糸町の方も頭に入れておきたいんで」
俺はファイルを受け取り、内容の大まかなところの説明を受けた。
建物はチェーン展開しているビジネスホテル。
プランは大体固まっていて、来週には打合せに入りたいと言うのが先方の意向だった。
「じゃ、悪いけど、後任せるわ」
「お疲れ様でした」

疲れを忘れるため、自販機でキツめの炭酸飲料を買う。
普段はあまり飲まないけれど、こう言う時に飲むと、何故か頭がスッキリする。
席に戻り、改めてファイルの資料を読み進めた。
躯体部分は概ね出来ているようだったが
内装に関しては『ホテル仕様に準ずる』とされているところが多い。
これが何処まで固まってくるかで、こちらの仕事の進み具合も決まる。
とは言え、今日打ち合わせた物件よりは、かなりまともそうだ。

その時、会社の電話が鳴る。
「はい、井川建築積算事務所です」
「よぉ、まだいたか」
諏訪だった。
「どうした?って言うか、私用で外線にかけてくんなよ」
「いやぁ、まぁ、そうなんだけど」
結構飲んでいるのか、ご機嫌な口調だ。
「何時くらいにケリ付きそう?」
「9時には終わるかな」
「じゃ、その頃会社戻るから、ちょっと付き合えよ」
こいつの "付き合え" の店に、良い思い出は一つも無い。
噂のこともあり、正直、付き合いたくない気分だった。
「折角の週末なんだから、女とどっか行ったらどうだ?」
「何だよ、つれない奴だな」
「・・・分かったよ。一軒だけだぞ」
こうやって折れるから、付け上がられるんだろうか。
仕方ない、と思いながら、電話を切った。


資料に一通り目を通し終わったのは、9時前。
ビルのエントランスで9時に、と言っていた諏訪は、既に待っていた。
しかし、奴の周りには数人の女の子。
例の総務の娘も見えた。
噂の的の登場に、彼女たちは如実に色めき立つ。
俺は怪訝な顔で、近づいてきた諏訪に問いかけた。
「どう言う事だよ?」
「噂ってのはさ、なかなか制御が効かないんだよな。走り始めると」
「は?」
まさに、ニヤリ、と言う笑みを浮かべ、諏訪は俺の顔を両手で掴み
おもむろにキスをした。

何が起こっているのか、分からなかった。
女の子たちの悲鳴にも似た嬌声が、遠くに聞こえた。
諏訪の目が、細く歪みながら俺を見つめている。
薄く開いた唇の間からアルコールが揮発して、俺の鼻を刺激する。
我に返るまで、しばらくの時間がかかった。
俺は、力任せに諏訪の体を押し返す。
「な、何、してんだ?!」
動揺が隠し切れなかった。
諏訪は何も答えず、事前と同じ表情で彼女たちの方を振り返る。
「こういうことだからさ、今日は解散ね」
彼女たちもまた、何も答えず、ヤバいものでも見たかのような表情で去っていく。

「ちょっと一服して行こうぜ」
彼女たちを見送りながら、諏訪はそう言って同じ方向へ歩いていく。
会社のビルは全館禁煙で、玄関から少し奥まった中庭に喫煙所が設置されている。
「いや、お前、待てよ」
俺の混乱は収まらない。
「あっちで話す。ここだと目立つ」
飄々とした口調で言い、さっさと歩いていく。
どうしてそんなに、冷静でいられるんだ?
奴が何を考えているのか、俺には分からなかった。


ビル風が、吐いた煙を一瞬で吹き飛ばしていく。
遠くに見える東京タワーを眺めながら、何とか気分を落ち着かせようと努力した。
「これで、お前にかかる火の粉は少なくて済むだろ?」
何と無しに口を開いたのは、諏訪だった。
「俺の噂に信憑性を与えるだけじゃねぇか。お前とデキてるって」
「心配すんな」
乾いた笑い声を上げる。
「お前がゲイだってことよりも、オレがバイだって方が、食いつきも良いし」
噂にする価値は、俺より諏訪の方が上ってことか。
それはそれで、少し複雑な気分だ。
「あいつらは、オレのことだけ話してりゃ良いんだよ」
諏訪は、水が張ってある灰皿に煙草を投げ入れる。
ジュッと言う音と共に、煙が消えた。

「ところで」
次の煙草を取り出しながら、奴は俺の方を見る。
「お前、本当にゲイなの?」
この展開で、聞かれないはずは無い質問だったけれど
予期していたとは言え、最良と思われる答えは持っていなかった。

□ 14_嫉妬★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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