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覚悟(4/5)

ホテルに着いたのは、夜10時くらいだった。
「今日は一日付き合ってくれて、ありがとうね」
「いえ、こちらこそ、楽しかったですよ」
「車出してくれたお礼に、今度帰ったらお土産買ってくるけど、何が良い?」
渋る彼にしつこく食い下がると、こんな答えが返ってきた。
「じゃあ、シウマイで良いですか」
「崎陽軒?」
「そうそう」
答えに拍子抜けしつつ、笑顔を見せる杉原君に釣られて、こちらまで笑顔になる。

「ああ、そうだ」
「何でしょう?」
「杉原君、再来週開いてる?」
「え?」
驚いたように、俺を見る。
「また、どっか行こうよ」
答えに困っているようだった。
そりゃそうだよな、と俺も思っていた。
「・・・行き先は、青山さんが決めてくださいね」
「じゃ、シウマイ100個くらい買ってくるから」
「そんなに貰っても、食べ切れませんよ」
思い出を上書きする手伝いがしたい。
それが彼の為になるのかは分からなかったけれど、そんな気持ちが俺の中に生まれていた。


工場の工期も、残すところ後半月と言う頃には
俺はすっかり、三重の地理に詳しくなっていた。
あれから、2週間に一度のペースで、杉原君を海へ連れ出した。
3回目くらいになると、彼は俺の意図に気が付いたようで
たまには山でも良いんじゃないかと言い出したが、頑なに海へ向かい続けた。

現場も段々と佳境に入ってきた、ある日。
「今度の週末なんだけどさ」
「また、海ですか?」
このところの口癖になった一言を口にしながら、杉原君は苦笑する。
「いや、杉原君の行きたいところに連れてってよ」
その言葉の真意を、彼は分かっていたと思う。
恐らく、こうやって出かけるのは最後だと言うことだ。
俺の赴任期間は、この工場の工期末まで。
若干押し気味のスケジュールだから、竣工まではまだ時間がかかりそうだが
来月初めから東京本社勤務に戻る内示は、既に出ていた。
「じゃ、考えておきますね」
そう言う彼の笑顔の中には、一抹の寂しさが見て取れた。


週末、杉原君が選んだのは、初めて出かけた時と同じ伊勢志摩だった。
「海で良いんだ?」
「ええ、僕にとっては、ある意味特別な場所ですしね」
思い出を噛み締めるように言う彼を、なだめるように話しかける。
「いつでも来れるじゃない」
「一人じゃ、ねぇ」
「じゃ、緊急の課題は彼女でも作ることだな」
彼は、いつものように朗らかに笑った後、ふと深刻な顔をする。
「・・・僕、SDなんですよ」
「SD?」
「性機能障害」
聞きなれない言葉ではあったが、どういうものなのかは概ね理解できる。
「勃たないし、性欲も殆ど無いし。それもあってか、人を好きになれなくて」
はは、と自虐的に笑いながら、話し続けた。
「男相手なら良いのかと思って、足を突っ込んだこともありましたけど、やっぱりダメで」
道路の先を見る目が、細くなる。
「これまでも、これからも、ずっと、誰にも必要とされないと思うと、怖くて堪らない」

過去の体験は、未だに、彼を闇に引きずり込む手を緩めてはいない。
徐々に見えてきた海を遠くに見ながら、自分の置かれた境遇を憂えていた。
「・・・名古屋支店にでも転勤するかな」
「何言ってるんですか」
杉原君は、呆れたように言う。
「本社勤務なんて、大きなステータスですよ」
確かに、社会人として、一定のステータスがモチベーションになることは実感している。
今の仕事にやりがいを感じているし、一生のものだとも思っている。
「順調な人生なんだから、足踏み外しちゃダメです」
フロントガラスには、一面、海が広がっていた。


養殖いかだが浮かんだ湾を望む展望台。
俺はベンチに座り、杉原君は立って煙草を吸いながら、ぼんやりを海を眺めている。
ふと、彼の左の手首に目をやる。
いつもと変わらない、大きめの腕時計をしていた。
後ろを向いた彼の左手を、そっと掴む。
「どうしました?」
振り向いた彼は、驚いた表情をする。
腕時計を外して、古傷を指でなぞった。
「青山さん?」
そっと、手首に口づける。
「俺は、この傷が消えるまで、君と一緒にいたい」
彼を見上げる俺には、困惑の視線が向けられていた。

言葉を選んでいる雰囲気は、嫌と言うほど感じられた。
「恋愛感情じゃ無いんだ。多分」
「はい・・・」
「自分勝手だとは分かってるけど、俺は、君に必要とされたいと思ってる」
口に出してみて、改めて自分の真意に気づかされる。
「俺にも、君が必要だ」
彼の目に映るものが、俺から海に変わる。
俺は彼の手を握ったまま、追いかけるように海を眺めた。

□ 11_覚悟 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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