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心象(4/5)

雨に洗われた街は所々が煌めいていて、いつもとは少し違って見える。
同じ道を歩いていても、出勤する時とは明らかに違う心持が、自分でも不思議だった。
細い路地の向こうにある花壇の向日葵は
この数日の風の所為か支柱ごと斜めに傾き、膨らみつつある蕾が頭を垂れている。
ふと足を止めて花に目を向けていると、矢庭に玄関の扉が開いた。
怪しまれてはいけないと、咄嗟に身体が動く。
俺を気にする素振りも見せず花壇へ向かい、向日葵の支柱を整え始めた女の姿に
微かな嫌悪感を伴う記憶が蘇る。
それは、週末の夜、不義の時を楽しんでいた彼女だった。

3階建ての小さな白い家の玄関脇にはささやかな花壇があり
ガレージにはコンパクトワゴンが収まっていて、その奥に大小の釣竿が数本立て掛けられている。
絵に描いた様な微笑ましい家族の姿は、平凡だけれども、このご時世では簡単には手の届かない夢。
なのに、何故。
一体どんな気持ちで、花を育てているのだろう。
勝手に幸せの象徴に仕立てあげてしまっていた自分の軽率な感情を情けなく思いながら
やっぱり、一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

公園に着くと先週とは裏腹に人影はまばらで、直前の憂鬱と相まって溜め息が出る。
自治会長の空元気な声だけが響く広場に目を向けると、頭一つ抜けた人影が見えて
やっと気持ちを落ち着かせることが出来た。


今日の担当エリアは、テニスコートの脇を流れる水路と東屋の周辺だった。
網で水面に浮かぶ葉っぱやゴミを掬い、デッキブラシで岩に付いた苔を剥がす。
足元がぬかるみ、籠めた力が空回りする度に、昨晩の雨を恨んだ。
「今日はちょっと、しんどいですね」
そんな中でも、朝日を浴び額に汗を滲ませながら、男は朗らかな笑顔を見せる。
「でも、まぁ、良い運動になります。普段は殆ど身体を動かす機会が無いんで」
「僕もです。子供に付き合って走ったりすると、軽く筋肉痛になったりして」
「お子さんはお幾つなんですか?」
「来年小学生なんです。わんぱくな盛りで・・・」
家族のことを語る彼の顔には、満ち足りた日常が垣間見える。
いつもなら卑屈な自分が顔を出すところでも、何故か今は、素直にその幸せを羨むことが出来た。
そうあって欲しいと、願っていたような気もする。

パンパンになったゴミ袋を抱えて広場に戻ると、既にゴミの搬出が始まっていた。
「早く早く、急いでー!」
遠くから聞こえる叫び声に、二人で顔を見合わせる。
「走ります?」
「・・・そろそろ限界ですけど」
「あと一頑張り、しましょうか」
口角を上げて目を細めた男が先に駆け出していく。
追いかける様に走ること、100メートルほどの間
何が可笑しい訳でも無いのに、無邪気な笑いが口から出ていった。

「はい、ご苦労さん」
思った以上に上がった息が整い切らない内に、手渡した袋がトラックの荷台に積み込まれる。
「お疲れ様でした」
「お疲れでした・・・あんなに必死で走ったの、久しぶりです」
「ホントですね」
やっと鼓動が静まり、背中を汗が流れ落ちていく。
ジーンズのポケットから自身のスマホを取り出した彼は、その画面を一瞥し、また同じ場所へと仕舞い込む。
「じゃ、また来週・・・」
「あ、あの、来週は・・・出張で」
結局、本当のことは言えず、つまらない嘘を吐いた。
「そうなんですか。・・・残念だな」
そして、その嘘をすぐに後悔し、自分への口実が出来たことに安堵した。
「・・・再来週は、大丈夫なんで。また、その時」
「ええ、楽しみにしてます」


翌週、俺は所長に、毎週の掃除当番を引き受ける旨を伝えた。
身体を動かす良い機会になるし、自然に触れるきっかけにもなって有意義だ。
そんな理由を並べた気がする。
今年の春に入社した社員を除けば、俺は所内で一番の下っ端。
余り出過ぎた真似はしない様に、良いことも悪いことも目立たない様にと思ってきたけれど
彼と些細な楽しみを共有していることを知り、自分自身にも踏ん切りをつけた。
「構わないけど・・・大丈夫?」
「もし急用が出来てどうしても、って時は、取手さんにでもお願いします」


そろそろ梅雨が明けようという夏の入口。
毎朝通る白い家の前には、健気に陽の光を追いかける大輪の花が咲くようになっていた。
けれど、花壇には雑草も目立ち始め、明らかに手入れがおざなりになっている状況が見て取れる。
他人のことを詮索しないようにと思いつつも、居た堪れなさを感じざるを得なかった。

二週間ぶりの清掃作業の朝、眩しい位の太陽に公園の木々が照らされていた。
集合時間になり、広場にいた人々が一斉に動き出す。
しかし、しばらく待っても、待ち人は現れない。
「屋代さんですか?今日はいらしてないみたいですね。いつも早めにいらっしゃるんですけど」
受付係の女は、そう言ってゴミ拾いセットを手渡してくる。
「そうですか・・・」
家族がいれば、急に来られなくなることは不思議じゃない。
きっと、何処かへ出かけているのだろう。
来週は顔を合わせることが出来るはず、そう考えながら持ち場へ向かった。


次こそは、次こそは。
そう思いながら、月日は過ぎていく。
もう、来ないのかも知れない。
でも、俺のいないタイミングで彼が姿を見せるかも知れない。
向日葵は枯れ始め、夏の暑さだけが増す中、義務感だけで朝の公園へ足を運ぶ。

「随分焼けてるねぇ」
「そうですね。このところ良い天気が続いてるんで」
犬の散歩を兼ねて掃除に参加しているという初老の男性と言葉を交わしていても
知らず知らずの内に、背の高い男の気配を探してしまう。
木陰で臥せっているレトリバーの姿を見やりながら、これは、あの煩わしさとよく似ていると、感じていた。

□ 93_心象 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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