Blog TOP


心象(3/5)

「石橋さん、ちょっと良いですか」
日曜日の快晴が嘘のように梅雨空が続いた週の金曜日。
同じグループの取手君が、気まずそうな雰囲気を抱えて声をかけてきた。
歳は5つ下でも社歴は彼の方が長く、俺の先輩という立場だが、いつも気を遣って敬語で話しかけてくれる。
「何でしょう?」
「明後日の掃除なんですけど・・・代わって貰うことってできます?」

彼も俺と同じように、不幸にして清掃当番へ組み込まれた一人。
理由を聞くと、就職活動で上京してくる妹が部屋に泊めろと言ってきているらしい。
「ホテルに泊まれって言ったんですが・・・金がもったいない、親も泊めてやれって言ってると」
男の一人暮らしなら、当然見られたくない物も一つや二つじゃないだろう。
「僕がいない間に家探しなんかされたら、ホント、マジヤバいんで・・・」
若い社員の部屋にどれだけのヤバい物が隠してあるのかは知る由も無かったが
俺だって、家族が突然家に入れろと言ってきたところで、おいそれと上げられるような状態じゃない。
「他の人にも頼んだんですけど、皆用事があるって、断られちゃったんです」

気持ちはよく分かるが、俺は先週やったばかりだし、今週末は天気が荒れるという予報も出ている。
気乗りしない頭の中に、ふと、あの男の表情が過った。
目の前に広がる故郷の景色を眺めながら想いを呟く姿が妙に印象に残っていて
どうせ何の用事も無い日曜の朝、彼と言葉を交わす機会を持つのも悪くないとも思う。
地元の友人たちは家庭を持ち、徐々に疎遠になっている。
前の職場の同僚たちとも、なかなか顔を合わせる機会が無い。
異な縁を手繰り寄せてみるチャンスだと、自分を納得させた。
「分かりました。良いですよ」
俺の言葉を瞬時に理解出来なかったのか、年下の先輩は暫し言葉を失った後、表情を一気に緩める。
「ホントですか?ありがとうございます!あの、来週、昼飯奢りますから」


その日の夜になって天気は急激に荒れ始め、雷まで鳴る始末となった。
多くの社員が早めの帰宅準備をする中でも、社内報に載せる試験結果の原稿がまとまらない。
「早く帰った方が良いよ?電車止まっちゃうから」
背後に立つ北尾室長は、パソコンのディスプレイを覗き込みながら、そう声を掛けてくる。
会社の最寄りの路線は、大きな川を渡る関係からか、風雨が強くなると電車が止まることがままあるらしい。
「いや、でもこれ、月曜の朝一までって言われてて・・・」
社内報に載せる試験は室長が主導で進めていたものだったが、今回は俺の名前で出すことになっている。
学術論文と同様、社内報への投稿も人事査定に影響することから、特別に譲って貰った形だ。
「ああ、それかぁ。後どれくらいかかりそうなの?」
「1~2時間ってとこですかね」
「そっか。じゃ、オレもちょっと残作業やっちゃおうかな」
そう言って俺の肩を叩いた上司が、自席へ戻っていく。
「え、電車は・・・」
「それ書き終わるまではオレがいた方が良いだろうし。・・・終わったら、久しぶりに飲みに行こうか」
「こんな天気なのにですか?」
「こういう時の方が、きっと店も空いてるよ」

残業が飲む為の口実だったのかどうかはさておき
無事原稿がまとまり、総務宛てにメールを送る頃には、窓ガラスを揺らしていた風は大分弱まっていた。
帰り支度をして外へ出ると、雨も小降りになっており
眼鏡のレンズに水滴はつくが、傘が無くても何とか凌げる状況。
しかし、公園の歩道の上には木の葉や小枝が散乱しており、足元がやや滑っておぼつかない。
「こりゃ、掃除大変そうだねぇ」
意地悪な視線を送ってくる上司の言葉で、掃除当番を交代したことを思い出す。
「日曜日だけ奇跡的に晴れるなんて・・・ありますかね」
「無いんじゃないかなぁ」
「・・・そうですよね」


案の定、電車は遅延しているようで、駅の改札付近では駅員がひっきりなしにアナウンスを繰り返している。
それを横目に、高架下に並ぶ居酒屋の一軒に入った。
「いらっしゃいませ~、何名様ですか?」
室長の読み通り、店内の客は週末の割にそれほど多くない。

テーブル席に着いて間もなく煙草を取り出した上司が、手を止めて俺の背後を興味深げに窺う。
「どうかしたんですか?」
「ん?ああいう座り方、どうなんだろうなぁって」
振り向くと、奥の座敷には俺と同じ年代くらいのカップルが座っていた。
年配の男が言っているのは、彼らが向かい合わせでは無く、二人並んで座っていることのようだ。
若い子たちであればたまに見かける光景だけれども
やたらと距離が近い、それなりに成熟した男女の間には、燃え上がりつつある雰囲気が満ちている。
「さぁ・・・当人たちが良ければ、良いんじゃないですか」
「オレが歳取ったせいかなぁ、違和感あるの」
「いや、僕もちょっと思いますよ」
上半身を赤く火照らせた女にしな垂れかかられる男の立場が羨ましくないと言えば嘘になるが
望んだだけでなれる訳でも無いし、その為に努力しようと言う気力もあまりない。
ただ、漏れ聞こえてくる二人の会話から、どうやら関係が正式なものでは無いと分かると
羨ましさは何処かへ吹き飛んで行った。

思えば、大学時代にいた彼女と別れてから、恋愛とは縁の無い生活を送っている。
元々人間関係全般に対して淡白な方で、だから上辺だけで渡っていける営業が向いていたのかも知れない。
誰かに心を占領されるのが煩わしい、誰かの心に残ることが重苦しい。
そうこう言い訳を続けながら30歳を超え、結局今も一人のまま。
身体も段々枯れてきているようで、焦りよりも諦めの方が大きくなりつつある。
夢見るだけで人生が変わるはずもないことは、よく分かっているはずなのに。


ベランダに叩き付ける雨音を聞きながらベッドに入った土曜日の夜。
近くのコンビニで応急的に買ってきた安物の合羽は果たして用を成すのだろうか。
鬱々とした気分でなかなか寝付けなかったが、やがて意識が遠のいていった。

そして、カーテンの間から差し込む光で目覚めた朝。
窓の向こうには、晴れ渡る空があった。
「マジで・・・」
普段の生活態度が良かった訳でも無いのに、こんなところで貴重な運を使ってしまったらしい。
とはいえ、地面には濡れ落ち葉が散乱していることも容易に予測できる。
先週の様にのんびりとはいかないだろうと思いながら、一つ息を吐いた。

□ 93_心象 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR