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心象(2/5)

初めての清掃活動の朝。
5時45分にセットした目覚まし時計が、夢の中から意識を引き摺り出していく。
眼鏡をかけ、カーテンを開けると
梅雨入りしたと宣言されて数日経つのにもかかわらず、憎らしい程の青空が窓の外に広がっていた。
雨が降るよりはマシだろう、そう自分に言い聞かせながら顔を洗い、身支度を整える。

当たり前のようにガラガラの電車に揺られ、人気のない改札を抜ける。
いつもより車通りの少ない幹線道路を渡り、路地に入った。
ふと目を落とした花壇には、ひょろ長く伸びた細い向日葵が立ち上がっている。
薄い黄緑色の茎は何とも頼りないものの、確実に夏が近づいていることを実感させてくれた。


公園に着いたのは6時20分を過ぎたくらいだったと思う。
集合場所の広場には、既に2~30人の人が集まっていた。
顔ぶれは老若男女様々で、近くの弁当屋のおばちゃんやコンビニバイトの兄ちゃんの姿もある。
大きなニレの木の前でハンドマイクを持って叫んでいるのが、自治会の会長だろう。
やがて人の波が動き出したので、そそくさと流れに乗った。

差し出された用紙に名前と所属を記入すると、軍手と清掃用のトングとビニール袋を数枚手渡される。
「石橋さんは、こちらの屋代さんと一緒に、このエリアの清掃をお願いします」
目の前に立つ中年の女は、傍に立つ男に視線を向けた後、公園の地図を指差した。
「屋代です。宜しくお願いします」
同じ歳の頃であろう背の高い男が、小さく頭を下げる。
「石橋です。今日が初めてなんで・・・いろいろと、宜しくお願いします」

釣り針を逆さにしたような形をした公園は、10万平方メートルほどの敷地面積がある。
指定されたエリアはその中でも奥の方にあり、行きつくだけでも10分以上の道程。
けれど、途中には水路や遊技場、テニスコートなど様々な施設が有り
何よりも生い茂る木立が広い敷地に続く光景が、何処となく懐かしさを呼び覚まさせてくれた。

「こっちの方まで来たこと無かったんですが・・・こんな風になってるんですね」
何気ない問いかけに、隣を歩く男の視線が向けられる。
「ええ、もうちょっと行くと野球場もあって。散歩するにも、子供と遊ぶにも良い場所ですよ」
「よくいらっしゃるんですか」
「この辺が地元なんで、小さい頃から遊び場だったんです」
「今も近くに?」
「一度は離れたんですが・・・結局、家を買うタイミングで戻って来ちゃいました」

しばらく続いたメタセコイアの並木を抜けると、野球場のフェンスが見えてくる。
脇の広場にはソメイヨシノが何本も立っており、春の盛りの時期を想像するのは難くなかった。
先に目を向けると、大きく空が開け、街並みが幾分小さく見える。
気づかない内に緩やかに上っていたのだと、その時になって初めて気が付いた。


奥まった場所だからか、人工物は殆ど落ちていない。
小枝や落ち葉などを掻き集めても、ビニール袋半分くらいの嵩にしかならなかった。
戦利品が少ないのは、彼も同じだったらしい。
「先週はもっと手前のエリアだったんで、結構な量のゴミがあったんですけどね」
そう笑う彼の袋には、枯草や数本のペットボトル、ファーストフードの紙袋などが入っていた。
どうやら、ゴミ拾いにも当たりはずれがあるようだ。
時間はまだ7時を少し過ぎたところ。
終了予定時刻の7時45分までは、まだ30分以上残っている。
「まぁ、少し休んで、のんびり戻りましょうか」
柔和な表情を浮かべた屋代さんは、そう言いながらポプラの木の下にあるベンチに向かって歩き出した。

ベンチに腰掛け、慣れない中腰で強張る身体を伸ばし、やや湿気を帯びた爽やかな風を浴びた。
僅かばかりの疲労と適度な空腹が相まって、頭の中の気怠さが払拭されていく。
仕事漬けの毎日の中、こんな時間があっても良いのかも知れない。
数時間前には青い空を恨めしく思っていたはずなのに。

「この辺も、随分変わったんですよ」
少し距離を置いて座っている地元の男は、馴染みの風景を見やりながら呟いた。
低層の家並みの中に高層のマンションが所々に突き出て、その真ん中を線路が通っている。
今しか知らない俺には在り来たりに見えるものでも、変遷を見てきた彼には違うのだろう。
「あのタワーマンションの近くに実家がありまして。昔はあそこ、銭湯だったんです」
幼い時分は、その煙突から出る煙をここから眺めているのが好きだったのだという。
「昔は街が変わっていくことを楽しく感じていたのに、今は何故か寂しく感じるようになってきましたね」
「思い出が無くなっていく、みたいな?」
「うん、それもあるし・・・何だろう・・・これ以上変化することが、怖いのかな」

地元を離れて8年。
正月に帰省する度、田舎の駅前は目に見えて寂れていっている。
国道沿いに出来たショッピングモールの所為だと母は笑っていたが
昔の賑わいが見る影も無くなった街を思いながら、東京へ戻る電車の中で時代の流れに切なさを噛み締める。
発展していく寂しさと、衰退していく寂しさ。
性質は正反対でも、変化することを憂う気持ちは変わらないのかも知れない。


実入りの少ない袋を手に、早朝集まった広場へ戻る。
ロープで区切られた仮置き場にゴミを置き、清掃完了の報告を済ませた。
「お疲れ様でした」
そう微笑んだ彼の後ろから、誰かの呼ぶ声が聞こえる。
振り返り、手を挙げて合図を送った相手は、恐らく地元の知り合いなのだろう。
「じゃあ、また来週」
再び俺の方へ視線を戻した男は、急ぐ様子で軽く頭を下げて、小走りに声の主の方へ向かっていく。
「あ・・・お疲れ様でした」

来週は自分の当番では無い。
好印象の男に対して、それを言いそびれてしまったことが、少しだけ心残りだった。

□ 93_心象 □
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コメント

非公開コメント

お帰りなさいませ。心待にしておりました。今回のストーリーもリアルな背景のかきこみで、読みごたえあります。期待しています。

相変わらずの。

ご無沙汰しておりました。
休止中、拍手コメントも頂きまして、ありがとうございます。
長らくお待たせした割には、いろんな意味で相変わらずの文章になっておりますが
楽しんで頂ければ幸いです。
今後とも、よろしくお願いいたします。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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