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覚悟(3/5)

杉原君は、きっと海が嫌いなんじゃないんだろう。
過去の何かが、海と共に思い出されているだけなんだ。
岬の突端から海を眺める彼の顔を見ていると、そう思えてならなかった。
「こうやって、週末よく出かけたりするの?」
「いや、あんまり出歩かないですね。出不精で」
「同じだな。歳をとるに連れて、どんどん外に出なくなる」
俺より3つ下の彼は、そんな歳じゃないでしょう、と笑う。
「高校の時からこっちに居ますけど、全然知らないな。この辺のこと」
「大学からじゃないんだ?」
「ええ、全寮制の高校だったんですよ」
「じゃあ、もう10年くらい?」
「そうですね。そんなに経つんだなぁ」
遠い目をする杉原君が抱えているものは何なのか。
つまらない好奇心が頭をもたげたけれど、踏み込むことには、まだ抵抗があった。

陽は西に傾き始めてきた。
車は、朝に見た風景を逆方向に走っていく。
心地良い疲れで、若干眠気が襲ってきていた時、杉原君が声をかけてきた。
「青山さん、夜は何か予定あります?」
「・・・ん?ああ、いや、特に無いな」
「ちょっと、家に寄って行きませんか?」
突然の誘いで驚きつつ、断る理由も無いしと、誘いを受ける。
「伊勢うどんの、焼きうどんをごちそうしますよ」
杉原君は、そう言って悪戯っぽく笑う。
「それは相当楽しみだな」
「味は期待しないで下さいね」

家は、鈴鹿駅からそれほど遠くない場所にあった。
ごく普通のアパートだけれど、一人暮らしには十分すぎるほどの広さだ。
「適当に座っててください」
そう言って、彼は冷蔵庫からお茶とビールを出してくる。
よく整頓されている部屋には、建築雑誌や写真集が幾つか並べられていた。
「コルビュジェ、好きなんだ」
「そうなんですよ。就職してから何年目かに、有給使ってフランス行っちゃいました」
意外な一面を見た気がした。
「凄く良い天気で、青い空と白い壁のコントラストが、本当に綺麗でした」
俺が手にしている写真集の表紙になっている、不思議な形の建物。
本の向こうにしか無いものだと思っていた場所に、彼は立っていた。
その情熱が、悔しいくらい羨ましかった。

出てきた物体は、言っては何だが、得体の知れないものという言葉がぴったりだった。
「これ、焼きうどん?」
「そうですよ」
卵が絡まった炒められた伊勢うどんは、もったりした塊になっていて
普通の焼きうどんからは大分かけ離れている。
食べてみると、食感はともかく、味は悪くない。
黙々と食べた後、しばし無言になり、どちらとも無く笑いが起きた。
「やっぱり、そのまま食べた方が美味しいなぁ」


食後の雑談中、杉原君の左手に、何となく違和感を覚える。
いつもは時計をしているから分からなかったが、手首に大きな傷がある。
思わず視線を向けてしまったことを、杉原君は気付いたようだった。
「ああ、これですか」
自分の古傷を眺めながら、彼は何かを考えているようだった。
「中学の時、つい、やっちゃいまして。これでも、大分消えたんですが」
手首の腱に沿って縦に付けられた傷跡は、今見ても痛々しい。
「父から・・・虐待されてまして。中学時代は、本当に地獄でした」
「それで、こっちに?」
「そうです。とにかく、逃げたかった・・・」
彼の目に、過去の恐怖が蘇った様だった。
それを振り切るように、食器を片付けて台所へ運んでいく。
「直腸を怪我して、救急車で運ばれたこともありましたよ」
こちらを振り向く事無く、言い捨てた。
「周りは見て見ぬ振りでした。母も、姉も、父が怖かったんでしょうね」

自分の子供を犯すことが出来る男がいる。
そう考えるだけで、鳥肌が立つ思いだった。
そして、杉原君の抱えた凄惨な過去を知ってしまった俺は
正直、どう接して良いのかが分からなくなっていた。
手元にあった雑誌に目を通すが、内容はあまり頭に入ってこなかった。
ふと、海辺に建った別荘の写真が目に入る。
海が嫌いな理由もそこにあったんだと、やっと気が付いた。

「海は、どうだった?」
洗い物をしている背中に、声をかける。
「綺麗でしたね。良い景色でした」
「・・・好きになれそう?」
しばらく無言になった後、こちらを振り向く。
「今日は本当に、楽しかったですよ」
そう言った杉原君の表情は、さっきとは違う、穏やかなものだった。
嫌な思い出も、楽しい思い出で塗りつぶして行けば、何時か消えるものだろうか。

□ 11_覚悟 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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