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運命(4/4)

ふと頭に浮かんだ、運命、という言葉。
嫌なことばかりを思い返しては、あれは何かの間違いだったのだと考えたくて毛嫌いしてきた概念。
けれど、彼が同性愛者じゃ無かったら、俺がこんな風貌じゃ無かったら
二人の歯車は噛み合わなかったのかも知れない。
今、こうして向かい合えている事実は、運命の悪戯という以外に言いようが無いのだろうか。

不意に伸びてきた手に、肩を掴まれる。
「おい、ちょっと・・・」
幸運にも、周囲に人の気配は無かった。
一瞬唇が重ねられ、彼の頭が肩口に収まる。
「でも、オレには、ここしか、居場所が無いんです」
真正面から向けられる感情で、懐疑的になっていた心が澄んでいく。
背中に回された手の感触が、握り締めていた砂を攫っていく。
誰かに、心から必要とされる幸せ。
彼の頭を抱き寄せながら、やっと、彼への情愛を自覚することが出来た気がして、嬉しかった。


最後の散財、と称して姉が上京してきたのは、結婚式まで一ヶ月という頃。
当然の様に荷物持ちに呼ばれた俺は、殆ど足を踏み入れたことの無いエリアを一日中引き摺り回された。
やっと落ち着くことが出来たのは、夕方、代々木公園のベンチに座った時で
普段酷使することの無い脚と腕が、僅かに重くなっているのを感じていた。

「あんたが今度彼女連れてくるって、瑛美が大騒ぎしてたわよ」
テイクアウトしたコーヒーを片手に、彼女は悪戯な目をして俺に問いかける。
「あいつ・・・んな予定、無いから」
「でも、いるんでしょ?」
「・・・まぁ、それなりに」
「本気なんでしょ?」
「・・・まぁ、割と」

俺と同じような造作の顔を持つ姉には、やはり同じように、浮いた話が殆どなかった。
本人もそれは自覚していたのだろう。
大学を出て総合商社に総合職として就職し、20代半ばで単身者用のマンションを購入。
絵に描いたようなキャリアウーマンの道をひた走っていた。

そんな彼女から、俺が知る限り初めて恋人の存在を明かされたのが一昨年の春。
三十路の初恋がどれだけ盛り上がったのかは、想像に難くない。
早い段階でプロポーズされたのだと言っていたものの、答えを出すのに2年も費やしたのは
将来の夫が、同業他社の商社マンだったからだそうだ。
今までの努力が全て無駄になる、大切な物を諦めて邁進してきた人生が無意味に帰す。
一人で思い描いて来た未来を築くか、二人で思いも寄らなかった未来を模索していくか。
結局、姉は勤めていた会社を辞め、彼と一緒になることを選んだ。

「次来るかも分からない、貴重なチャンスなんだから。無駄にしないようにしなさいよ」
「はぁ・・・」
「ま、女子高生とか男とか連れてきたら、流石に引くけどね」
コーヒーを飲み、一息ついた彼女の口から出た軽い冗談が、俺の周りの空気を強張らせる。
分かって欲しかった訳じゃ無い。
ただ、誰かに、嘘でも良いから肯定して欲しかっただけなんだと思う。
「・・・やっぱ、引くよな」
「あんた・・・それ、犯罪よ?」
「いや、そっちじゃない」

陽が傾き始め、真夏の空気を掠め取るように風が通り過ぎていく。
しばらくの沈黙を破った姉の声は、何処と無くぎこちなく聞こえた。
「嘉範、前から・・・そうなの?」
「俺は、違うけど・・・いや、分からない、けど」
「・・・本気なの?」
「・・・割と」
「お父さんとかお母さんに、何て言うつもりよ」
「だから、何も言うつもり、無いって」
恐らく、俺がそれを受け入れるよりも、周りの人間の方が受け入れ難いことなんだろう。
理解してくれようとしていること、言葉を選んでいることが、その口調から伝わってくる。
当の本人にも分からない理由を、探しているのかも知れない。

「あんたから、好きに、なった訳?」
「向こうから、言われて・・・そのまま」
「何で、あんたなんかと・・・」
「俺が聞きたいよ」
弟の独白に混乱する思考を落ち着かせようとしているのか、彼女はしきりに頷きを繰り返す。
「そういうことも、したり、するの?」
「・・・する」
「そう・・・」
不意に顰めた表情は、きっと嫌悪感から来ているのだと思った。
誰にも言えなかったことを口に出し、何となく心が軽くなったけれど、肯定を望むことは出来なかった。

「もてないから、女は諦めたってこと?」
「そんなんじゃねぇよ」
辿り着くであろう帰結を突き付けられ、思わず感情が昂ぶった。
確かに、人生は諦めの連続だと思ってきた。
でも、今までの出来事は、彼と出会う為に渡ってきた布石。
人生は、俺自身が無意識に選んできた回答の連続だ。
他人の肯定なんか、必要ない。
「好きだから、一緒にいたいと思ったから・・・そうしてる」


蒸し暑い夜の空気に、扇風機では対応しきれなくなってきた。
窓を閉めてエアコンをつける。
画面の中では、派手に着飾った女剣士と、斧を担いだドワーフが木の下に座っていた。
缶ビールを呷る後輩の横顔を数秒見つめ、問うてみる。
「なあ・・・運命って、信じるか?」
画面からこちらの方へ視線を向けた彼は、瞬間不思議そうな顔をして、すぐに微笑みを戻す。
「そうっすね」
差し出された手を取ると、矢庭に身体を引っ張られた。
「あぶねっ・・・」
体勢を崩した俺の身体を受け止めた彼は、そのまま長い長い口づけを与えてくる。
「こうしてること、運命って言葉以外で・・・説明つかないでしょ」

アルコールの余韻を引き摺りながら、僅かに紅潮した男と見つめ合った。
「そう思えるくらい、オレ、今、幸せっすよ」
柄にも無い呟きを吐いた愛しい顔が、ふと目を逸らす。
「何か、来た」
追いかけて画面に目をやると、遠くの方からやってくる敵影が映っている。
「アルゴリズム如きに、運命邪魔させねーし」
少しムキになってコントローラーを手にした彼は、さっそく戦闘準備を始めた。


運命に感謝しながら、運命を恨みながら、今までも、これからも人生が続いていくんだろう。
未来のことは分からないけれど、時を経て、その場に立った二人が
これは運命なんだと言えるくらい幸せな日常を過ごしていることを、祈らずにはいられない。

□ 88_此処★ □
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□ 91_運命 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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