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運命(3/4)

あること無いことを言いふらされているかも知れない。
知らないところで写真でも撮られていたら、どうしよう。
汚れた格好で帰った俺に怪訝な顔を見せる母の追及を避け、自室に閉じこもる。
暗い部屋の中で、ひたすら悪い結論ばかりが頭を巡っていった。
家族が代わる代わるやってきては、ドアをノックして何かを叫んでいたが
その時の俺には、純粋な気遣いすら煩わしかった。
「うるせーな!ほっとけよ!」
思わず叫んだ声に、当時、若干ギスギスした関係になっていた姉の声が返ってくる。
「何なの、その態度。人が折角心配してやってんのに!」
「そんなの頼んでねーから!」
「あっそ。じゃ、勝手にしなよ!」
「ちょっと、瑛理!」
諌めるような母の声が聞こえると同時に、ドアを激しく叩き付ける音が響く。
俺に何があったのか、ある程度の推測はできていたのだろう。
それでも、誰にも打ち明ける事はできなかった。
心に手を伸ばされることが、ひたすらに怖かった。

風邪を引いた。
そんな嘘が通用するのは、せめても2、3日の間。
このまま学校へ行かずに済む術はないか、けれど、このまま学校へ行かなかったら、将来、どうなるだろう。
カーテンを閉め、布団にくるまったままで狭窄で不毛な思考を巡らせる。
疑心暗鬼に囚われた状態で前向きな気持ちになれる訳も無く
かといって、この日常から逃げ出すほどの勇気も無く
結局、週明けの月曜日、俺は重い脚を引き摺る様に、いつもの生活へ戻らざるを得なかった。


「折原、戸田が来てるぞ」
幼馴染が教室へやってきたのは、その日の放課後だった。
クラスの違う彼女が廊下からこちらを窺っているを見て、矢庭に気分が落ち着かなくなる。
とはいえ、友人たちの手前、あからさまに無視をすることもできず
先に行っていてくれと彼らに告げて、彼女の方へ近づいた。

「何か、用?」
冷静にいようと心掛けたのは、きっと、これ以上傷つきたくないという防衛本能だったのだろう。
正面に立つ少女は、いつの間にか俺の目線より下にいて
あの頃とはもう違うんだ、そんなことを考えていた。
「・・・この間の、こと」
「もう、いいから」
「私、怖くて・・・止められなくて」
「もういいっつってんだろ」
突き放すような声で、彼女の表情に悲壮感が漂う。
罪悪感が湧きあがったのは、けれど、一瞬だった。
結局また、あいつの元に帰り、やらしいキスをして、あの行為の続きをするんだろう。
「二度と、顔、見たくない」
暴走する被害妄想が冷静さを蹴飛ばしていく。
消え去らなかった恋愛感情が、風に飛ばされる砂のように、攫われていく。
「・・・待って」
背を向けて離れる俺の腕に伸ばされた手を振り払い、それ以来、俺は彼女の顔を見ることは無かった。


「真っ暗っすねぇ」
「ま、感触は悪くなかったし、良いんじゃねぇの」
客先との打ち合わせを終えたのは、もう夜の入り口に差し掛かる頃だった。
来る時に入ってきた正面エントランスは施錠され、裏の通用口から外に出る。
幸運なことに、社用の携帯に着信は無く、社用メールも緊急を要する物は無い。
「予定通り、直帰だな」
俺の言葉に、先を歩いていた後輩は顔を綻ばせたものの、すぐに表情を戻す。
彼の視線を追うように振り向くと、通用口から一人の女がこちらに歩いてくるのが見えた。

大人になり、化粧で映えた顔は、それでも昔の面影を残している。
「久しぶりだね。いつ、以来かな」
何気なく目が行った左手に、目当ての物は無かった。
「中学とか・・・それくらい」
「そっか。ノリ君、高校は東京の学校だったもんね」
逃げ出したい、その想いはやっぱり何処かに残っていて
中学を卒業してから俺は地元を離れ、東京に住んでいた叔父の家から高校へ通っていた。
「ご家族は、皆さん、元気?」
「ああ・・・今度、姉ちゃんが結婚する」
「そうなんだ。今度帰省した時、お祝い持っていくね」
「・・・詩織は、変わりない?」
「うん、お陰様で」

ぎこちない会話だと俺自身が思っているくらいだから
少し離れた場所に立っていた国枝には、更に妙な関係に見えたことだろう。
そんな後輩に、彼女は何回か視線を送る。
男としての魅力を明らかに比較されていると受け止めた心に、劣等感がぶり返した。
今は穏やかに話している女だって、裏では、あの時の様に俺を蔑んでいるに違いない。
惨めな自分を憐れむことでしか、気持ちを落ち着かせることができなかった。


「幼馴染、すか」
帰宅途中の道すがら、後輩は幾分不機嫌な声で話を切り出した。
「そう。もう、何年も会ってなかったけど」
「綺麗な、人っすね」
「昔から可愛かったよ」
「へぇ・・・そうすか」

俺が容姿に対するコンプレックスを愚痴ったりすると、彼は必ず寂しげな表情を見せる。
それに気が付いてから、なるべく口にしないようにと心がけてきたけれど
手の中にある一欠片の砂さえ払い落とすような彼女の視線を思い返すと、堪え切れなかった。
「お前に、興味あるみたいだったな。彼女」
「・・・何で、すか」
「そりゃ、イケメンだし、何回もお前の方、見てたし。・・・紹介してやれば、良かったかな」

横を歩いていた後輩が不意に立ち止まる。
「そんなことされても、困るの、分かってますよね?」
いつもとは違う丁寧な言葉遣いと、やや低くなった声には、負の感情が混ざっていた。
「そうだけど・・・でも、俺なんかよりずっと・・・」
「オレが好きなのは、折原さんだけです。他の人には、ましてや女性に、興味ありません」
外灯の光が影を作る端正な顔が、俺を見つめている。
彼にとって真剣な言葉だったに違いないのに、羨ましい、そんな思いが去来した。
自分自身の価値を分かっているから、自信があるから、想いを素直に吐露できる。
人間、顔じゃない。
幾度となく自分にそう言い聞かせてきたのに、結局俺自身、美醜の観念から抜け出せずにいる。
こんな卑屈な感情は、きっと理解して貰えないはずだ。
「もし、お前が、そうじゃなかったら・・・お前だって、俺になんか、見向きもしないだろ?」
憐れな言葉を聞いた後輩の表情に現れたのは、怒りというよりも、切なげな憤りだった。
「分かりません。だって、そうじゃないオレなんて・・・何処にもいないから」

□ 88_此処★ □
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□ 91_運命 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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