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運命(1/4)

「何かさー、最近、折原さんってちょっと変わったよね」
昼休みの社員食堂で、何処からともなく声が聞こえてくる。
「色気づいたみたいな?」
「彼女でもできたんじゃない?」
「まさかぁ、あの人にできる訳ないじゃん」
「ちょっと、声大きいって」
いつものことだと聞き流すのは慣れているものの
向かいの席で日替わり定食を口にする後輩は、明らかに不機嫌そうな表情を見せた。
「腹、立たないんすか。言われっ放しで」
「別に。言わせときゃ、良いんじゃね?」

確かに、自分でも何かが変わったと思う。
思いも寄らないきっかけから芽生えた恋愛感情がその原因であることは明らかで
この歳になるまで実感することの無かった気持ちに翻弄される日常が、幸せでもあり苦しくもある。
一生自分には関係ないと諦めかけていたこの出来事は
例え相手が同性であっても、人生の大きな転機になったことは間違いない。

「お気に入りのキャバ嬢に貢いでるとか?」
「あー、ありそう」
「アニメとかゲームじゃないの?オタクっぽいし」
「うわ、最悪・・・」
俺たちが食堂を出る段になっても、彼女たちは好き勝手な妄想を繰り広げていて
どうせ明日には違う話題で盛り上がるのだろうと、心の中で嘲笑っておいた。


5つ下の国枝とは、彼が入社して以来、親しい付き合いを続けている。
男の俺から見ても悔しい位の男前にも拘らず、幾分内向的な性格で
同じような気質を持つ俺にとっては、友達のような、弟のような
心地良い距離感を保つことのできる存在だ。

ずっと、ここにいてくれ。
彼の頭を肩に抱えて呟いた夜から、もう一ヶ月以上が経つ。
初めは、年下の男のひたすら真っ直ぐな恋慕に引き摺られているような感覚もあったけれど
やっと気持ちに釣り合いが取れてきているような気がする。
飯を食いに行って、俺の家で酒を片手にゲームをして
何となく流れでキスをして、画面の中の戦いもそこそこに身体を触れ合って。
そんな過程が澱みなく流れていることが、まさしく、恋をしているという証明なんだろう。

それなのに、彼のいない部屋でふと浮かぶのは
漠然と描いていた人生設計から大きく外れてしまった自分の立ち位置。
当然のように敷かれていると思っていたレールから脱線してしまったのは随分前のことにもかかわらず
どうして "普通" の人生を歩むことができなかったのだろうと、つい後ろを振り返ってしまう。
運命なんて迷信に揺り動かされるのは悔しい気もするけれど
膝を抱えて蹲り、溜め息を吐く度に、諦めばかりが積み重なっていくような気がしていた。


「立派っすねぇ」
建てられてから3ヶ月も経っていない高層ビルを、後輩と二人見上げる。
馴染みの取引先へ打合せに赴くのは、新社屋が竣工されてからは初めてだった。
「やっぱ大手は違うな」
エントランスから中に入ると、二階層分吹き抜けたロビーと受付カウンターが広がる。
「今、何時だ?」
「もういい時間っすよ」
夕方前とはいえ、受付には複数の男たちが列をなしていて
数秒視線を泳がせていると、手が空いたらしい受付嬢がこちらを見て小さく手を挙げた。

「河西工業の折原と申しますが、商品企画部の井村課長をお願いします」
「折原様でございますね・・・少々お待ちください」
シックな制服に身を包んだ受付の女は、そう言って内線の受話器を手にする。
手元のメモに何かを記しながら、電話の向こうの相手に来客を告げる姿に見覚えは無く
きっと新社屋に移ってから雇われたのだろうと、手持ち無沙汰な時間に考えを巡らせる。
歳は、恐らく俺と同じくらいか。
ベテランの雰囲気を纏っているところをみると、接客の仕事が長いのかも知れない。
ここの会社は受付の質が高いと皆が口にするのも納得だ。

「お待たせ致しました。間もなく井村が参りますので、上階の打合せロビーにてお待ちください」
再び顔を上げた彼女が柔らかな口調でそう告げる。
真っ直ぐな視線を受け止めた瞬間、長年押し込めてきた感情が不意に蘇った。
胸に付けているネームプレートの苗字に、思考が乱される。
狼狽は恐らく読み取られたのだろう。
目の前の女はふと表情を崩しながら、入館証を手渡してくる。
「・・・ありがとう」
受け取る際に触れた指は滑らかで温かい。
攫われたはずの恋心の一粒を未だに握り締めている自分に気づかされて、途端に居た堪れなくなった。


「ノリくん、大人になったら絶対詩織と結婚するんだよ?絶対だよ」
そんな幼い言葉が、いい歳になった今でも忘れられずにいる。
向かいの家に住んでいた同じ歳の女の子。
俺たちが産まれる前から母親同士の交流があったという状況で、仲が深まらない訳もない。
実際、小学校3、4年生くらいまでは、殆どの時間を彼女と過ごしていた。

女の方が早熟だというのは、あながち間違っていないのだと思う。
物陰で、求められるがままにしていた、子供同士のキス。
この行為と、おぼろげだった感情が直結していると知ったのは、いつの頃だっただろう。
一度意識してしまうと、それまで自然だったものが急に居心地悪く感じてきて
それから、何となく疎遠になっていった気がする。

中学校に上がると、彼女は部活動を始め、殆ど顔を合せることは無くなった。
学校の中で俺の知らない奴と歩き、俺の知らない笑顔を作る幼馴染。
それでも俺の中では、彼女にとっての自分の存在は唯一無二のものなのだと何処かで信じていて
2年生に進級する頃、先輩と付き合い始めたという噂を耳にするまで、痛々しい勘違いを続けていた。

□ 88_此処★ □
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□ 91_運命 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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