鶴望★(7/7)
「シャワー、浴びれそうか?」
小さく、首を横に振る。
武藤はユニットバスへ向かい、うがいをしているようだった。
戻って来た時には、濡らしたタオルを手にしていた。
酷いことになっているスーツを脱がし、体を丁寧に拭いてくれる。
悪夢の跡が、少しずつ消されていった。
一通り拭き終わると、再び風呂へ戻り、水の入ったコップと洗面器を持ってくる。
「ちょっと、頭上げて」
オレの首に手を添え、頭を浮かせる。
口をゆすぐ様に言われ、中の気持ちの悪いものを流し出す。
下半身にバスタオルをかけられると、何となく気分が落ち着いてきた。
ベッドに腰掛けた武藤は、言葉を選んでいるようだった。
「何て言って良いか・・・本当に、申し訳ない」
「お前のせいじゃない、だろ」
うなだれた茶色い髪に手を伸ばす。
耳から頬と移動させて、唇をなぞるように指を滑らせた。
武藤の目は、戸惑いに満ちていた。
「・・・キスしてくれよ」
「ダメだ」
恐怖と屈辱に塗れた心を、誰かに癒して欲しい。
オレは、目の前の男に、それを求めていた。
残酷な言葉を投げかけた昨日が、やたらと遠く感じた。
上半身を起こして、腕を首に回す。
そのまま、軽く唇に触れた。
拍子にバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。
弾みで顔が離れたが、今度は向こうから唇を重ねてきた。
その感触が、闇を、を少しずつ消し去って行く。
「今日、帰れるか?」
「新幹線に乗るような気分じゃ、無いな」
かと言って、こんなところで一晩過ごす気にもなれない。
今更、実家にも帰れない。
「ビジネスにでも泊まって、明日帰るよ」
「何時くらいに出る?」
「朝の内に出ようかな」
「見送りに行くから。時間分かったら、メールくれ」
武藤の優しい笑顔に、やっと救われた気持ちになった。
昨日着てきた服に着替えるにも、バッグの中にはあいにく半袖しかなかった。
手首についた、無残な跡を眺める。
「俺の、着れるだろ?」
そう言って、武藤は自分のスーツを脱ぎ出す。
「明日、返してくれれば良いから」
背丈はそれほど変わらないにせよ、奴の細身のスーツは、オレには随分きつく感じる。
「よく、こんなの着て仕事できるな」
「慣れれば悪くないんだけどね」
「ケツの辺りが破けそうだよ・・・」
「ホテルまで、耐えてくれ」
ふと、右の手首を掴まれた。
武藤は傷を癒すよう、赤く腫れた拘束の跡に唇を滑らせる。
「本当に、すまない」
震える声で謝罪を繰り返す、俯いた顔に手を伸ばした。
「お前が悪いんじゃない」
潤んだ目が、オレを見つめている。
一瞬、吸い込まれるような気がして、怖くなった。
そんな気持ちも、優しいキスに流されていく。
金は払っておくと言う武藤の言葉に甘えて、先に部屋を出る。
あいつはこの後どうするのか。
泉の顔を思い浮かべ、恐怖と不安に駆られた。
けれど、オレが出て行ったところで、どうにもならないだろう。
痛む身体と心を引きずるように、駅前のホテルにチェックインする。
街はすっかり、夜の風景になっていた。
次の日の朝、仙台駅の新幹線ホームに立つ。
まだ6時過ぎだったが、案外待ち人が居る。
昨日買った服、しかも夏だというのに長袖の服を着ているオレは、若干周りから浮いていた。
私服姿の武藤が現れたのは、オレが着いて5分ほど経ってからだった。
「スーツは無事だろうな」
「ああ、多分ね」
そう言って、互いに借り物の服を渡し合う。
「体調はどう?」
「まずまずだな」
「気をつけて帰れよ」
若干疲れを残した武藤の顔を見やる。
「・・・あの後、どうした?」
「ああ、ケリつけて来た」
「ケリ?」
「車くれてやって、終わりにした」
何でも無いことのように、苦笑しながらそう話す。
「冬、帰って来るのか?」
「・・・どうかな」
武藤はオレの手を握り、指を絡めてくる。
それに応える様、手に力を込める。
「待ってる」
軽く引き寄せられ、オレは武藤の肩に顔を寄せる。
視線を上げた、すぐ先にある顔が静かに近づいてきて、額に唇が触れた。
「・・・忘れられないんだ」
寂しげな表情で見つめる目を、オレは心に刻むよう、受け止める。
ホームに、出発のメロディーが流れる。
オルゴールのような煌びやかな旋律が、心に響く。
窓の外に立つ武藤が、徐々に離れて行った。
明日からは、また日常が始まる。
次の冬、待っててくれる人たちの為、この街に帰って来よう。
心の底から望みながら、オレは座席に身を任せた。
□ 10_鶴望★ □
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小さく、首を横に振る。
武藤はユニットバスへ向かい、うがいをしているようだった。
戻って来た時には、濡らしたタオルを手にしていた。
酷いことになっているスーツを脱がし、体を丁寧に拭いてくれる。
悪夢の跡が、少しずつ消されていった。
一通り拭き終わると、再び風呂へ戻り、水の入ったコップと洗面器を持ってくる。
「ちょっと、頭上げて」
オレの首に手を添え、頭を浮かせる。
口をゆすぐ様に言われ、中の気持ちの悪いものを流し出す。
下半身にバスタオルをかけられると、何となく気分が落ち着いてきた。
ベッドに腰掛けた武藤は、言葉を選んでいるようだった。
「何て言って良いか・・・本当に、申し訳ない」
「お前のせいじゃない、だろ」
うなだれた茶色い髪に手を伸ばす。
耳から頬と移動させて、唇をなぞるように指を滑らせた。
武藤の目は、戸惑いに満ちていた。
「・・・キスしてくれよ」
「ダメだ」
恐怖と屈辱に塗れた心を、誰かに癒して欲しい。
オレは、目の前の男に、それを求めていた。
残酷な言葉を投げかけた昨日が、やたらと遠く感じた。
上半身を起こして、腕を首に回す。
そのまま、軽く唇に触れた。
拍子にバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。
弾みで顔が離れたが、今度は向こうから唇を重ねてきた。
その感触が、闇を、を少しずつ消し去って行く。
「今日、帰れるか?」
「新幹線に乗るような気分じゃ、無いな」
かと言って、こんなところで一晩過ごす気にもなれない。
今更、実家にも帰れない。
「ビジネスにでも泊まって、明日帰るよ」
「何時くらいに出る?」
「朝の内に出ようかな」
「見送りに行くから。時間分かったら、メールくれ」
武藤の優しい笑顔に、やっと救われた気持ちになった。
昨日着てきた服に着替えるにも、バッグの中にはあいにく半袖しかなかった。
手首についた、無残な跡を眺める。
「俺の、着れるだろ?」
そう言って、武藤は自分のスーツを脱ぎ出す。
「明日、返してくれれば良いから」
背丈はそれほど変わらないにせよ、奴の細身のスーツは、オレには随分きつく感じる。
「よく、こんなの着て仕事できるな」
「慣れれば悪くないんだけどね」
「ケツの辺りが破けそうだよ・・・」
「ホテルまで、耐えてくれ」
ふと、右の手首を掴まれた。
武藤は傷を癒すよう、赤く腫れた拘束の跡に唇を滑らせる。
「本当に、すまない」
震える声で謝罪を繰り返す、俯いた顔に手を伸ばした。
「お前が悪いんじゃない」
潤んだ目が、オレを見つめている。
一瞬、吸い込まれるような気がして、怖くなった。
そんな気持ちも、優しいキスに流されていく。
金は払っておくと言う武藤の言葉に甘えて、先に部屋を出る。
あいつはこの後どうするのか。
泉の顔を思い浮かべ、恐怖と不安に駆られた。
けれど、オレが出て行ったところで、どうにもならないだろう。
痛む身体と心を引きずるように、駅前のホテルにチェックインする。
街はすっかり、夜の風景になっていた。
次の日の朝、仙台駅の新幹線ホームに立つ。
まだ6時過ぎだったが、案外待ち人が居る。
昨日買った服、しかも夏だというのに長袖の服を着ているオレは、若干周りから浮いていた。
私服姿の武藤が現れたのは、オレが着いて5分ほど経ってからだった。
「スーツは無事だろうな」
「ああ、多分ね」
そう言って、互いに借り物の服を渡し合う。
「体調はどう?」
「まずまずだな」
「気をつけて帰れよ」
若干疲れを残した武藤の顔を見やる。
「・・・あの後、どうした?」
「ああ、ケリつけて来た」
「ケリ?」
「車くれてやって、終わりにした」
何でも無いことのように、苦笑しながらそう話す。
「冬、帰って来るのか?」
「・・・どうかな」
武藤はオレの手を握り、指を絡めてくる。
それに応える様、手に力を込める。
「待ってる」
軽く引き寄せられ、オレは武藤の肩に顔を寄せる。
視線を上げた、すぐ先にある顔が静かに近づいてきて、額に唇が触れた。
「・・・忘れられないんだ」
寂しげな表情で見つめる目を、オレは心に刻むよう、受け止める。
ホームに、出発のメロディーが流れる。
オルゴールのような煌びやかな旋律が、心に響く。
窓の外に立つ武藤が、徐々に離れて行った。
明日からは、また日常が始まる。
次の冬、待っててくれる人たちの為、この街に帰って来よう。
心の底から望みながら、オレは座席に身を任せた。
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