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此処★(6/9)

言葉を無くした折原さんの眼は、軽蔑するような、憐れむような視線を俺に向けていた。
大抵のことを軽くいなしていく性格の彼を、ここまで黙らせたことは無かった様に思う。
嘘をつくことも出来た。
突然の告白が、彼を酷く混乱させることも分かっていた。
「・・・見てみます?」
「え?」
それでも、飽和した思考に酔わされた男へ、追い打ちをかけた。
「これ着た、俺」

あっちにいる、彼はそう呟いてクローゼットを出ていく。
独りになった空間で、知らず知らずの内に震える身体を落ち着かせようと、目を閉じ、歯を食いしばった。
俺のイメージの全てを覆す出来事に、先輩はどう対処してくれるだろう。
最悪、今までの関係が無かったことになるかも知れない。
けれど、軽率な決断を後悔しても、もう遅い。
懐の深さに一縷の望みを託しながら、ベルトに手を掛けた。


あの頃から生活は随分変わったはずなのに、体型はそれほど変わっていないらしい。
女性物の下着の堅苦しさが、押し込めていた何かを弾けさせるように、心を締め付ける。
ボックスプリーツのミニスカートに、胸元が大きく開いたカットソーは、人形使いが好きだった組み合わせ。
若干歪んでしまったウィッグを被り、形を整えると、鏡の中で道化が息を吹き返し始めてくる。

「その格好で、男に抱かれた訳?」
背後から聞こえた声に、瞬間、鼓動が跳ねた。
他人の服を着たままでクローゼットの入り口に立つ彼は、俺の爪先から頭までを目で追う。
「・・・そうっすね」
「ふ~ん・・・」
ゆっくりと近づいてくる彼と間を置くように後ずさるものの、僅かな距離で身体は壁にぶつかった。
「改めて見ると、細いな、お前。毛も薄くて、羨ましいわ」
伸びてきた手が、ガーターストッキングの上を滑っていく。
動揺を悟られないように、なるべく深く呼吸をする。
「・・・で、そいつとは、今でも付き合ってんの?」
「いえ・・・他の奴に、取られました」
俺の言葉を小さく肩をすくめながら鼻であしらい、その手は更に上がってくる。
「どんな男だった?」
「アラフォーくらいで・・・カメラマンの、男」
スカートの中に入り込んできた手を、思わず制した。
「ちょっと・・・」
「男同士で嫌がんなよ。それに、減るもんじゃねぇだろ」

熱を帯びた手が尻を弄っていく。
初めて見る彼の表情にもたらされる緊張と狼狽が感覚を麻痺させているのか
俺の身体は、強張ったままだった。
「寝取った奴も、女装?」
「・・・そう、でした」
「お前より、可愛かった?」
頭に浮かぶのは、蹂躙されて壊れた人形の姿。
「そう、かも、知れません」
事実とは言え、過去のこととは言え、負けを認める言葉は素直には出てこなかった。

不意に顎を掴まれ、目の前の顔と無理矢理向き合わせられる。
「惨めだな、お前」
「・・・え?」
「顔も良くて、仕事も出来て、それなりに充実した人生送ってきたんだろうって思ってたけど」
悦に入ったような冷たい笑顔が、心を怯ませた。
「実はホモで、女装までしたのにおっさんにヤリ捨てられたって。どんな笑い話だよ」


数秒、意識が飛んだような気がする。
視界が急に歪み、流れ落ちていったところで、我に返った。
彼の手を振り切り、顔を背ける。
自分の感情が整理できないまま、涙だけが零れる。
頬を伝い、首筋から胸元へ落ちていく水滴が、不快でしょうがなかった。
「悪い・・・ちょっと、言い過ぎた」
俺の身体から手を放し、彼は一歩後ずさる。
「オレさ、お前にすげー嫉妬してんの、自分でも分かってるんだ。勝てるのなんて、歳くらいだし」
一気にトーンを落とした声を耳にしながら、壁に身を預けて呼吸を整えた。
「お前みたいな奴でもオレと同じくらい惨めな思いしてるんだって、正直、ちょっとホッとして」
彼の劣等感が、心に刺さる。
「最低だな、オレ。お前、何も悪くないのに・・・ごめんな」

感情が裏返りそうになるのが、ひたすら、怖かった。
視界の端に見えたジャケットの袖口に手を伸ばす。
引き寄せられるよう再び目の前に立った彼が、作り物の髪の毛を静かに撫でる。
「いつも思うんだ。オレら、釣り合い取れてんのかな・・・一緒にいて、良いのかなって」
何かを振り切ろうとするように絞り出された声に、大きく頷いて答えた。
腕に絡め取られた上半身が、彼の胸元に重なる。
「そっか」
溜め息と共に漏れた声で、やっと心が落ち着いていくのを感じていた。


どのくらい彼に身を預けていただろう。
腰に置かれた片方の手が、静かに背中を撫でていく。
「普通に、似合ってるよ。違和感、そんなにねぇし」
「・・・そうすか」
「今も、思ってんの?」
「何、を?」
「抱かれたい、って」

ゆっくりと瞬きをした男の眼に映る自分が、微かに揺れた。
彼の手が首元にかかる髪を掻き分け、うなじをなぞる。
「男に抱かれたいから女装するって言ったお前が、オレの前で女装するから見ろって言う」
肩に流れた掌が腕を擦り、軽く掴む。
「それで、予想もついたし、少し、覚悟もした。・・・途中、ちょっと混乱したけど」
些細な引っ掛かりを感じさせる声が、すぐ鼻先から発せられる。
「ホントに、オレで良いのか?」

□ 88_此処★ □
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□ 91_運命 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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