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此処★(2/9)

「めんどくせーな・・・フォーマル過ぎない格好って何だよ」
ある週末の夜。
折原さんは発泡酒片手にPCの画面を眺め、5分ごとに愚痴をこぼす。
「スーツじゃダメとか、意味わかんねぇ」
「ジャケットと、ちょっとしたシャツとか・・・下はデニムとかでも良いんじゃないすか?」
「お前、オレがそんなの着てるとこ、見たことあるか?」
「・・・無いっすね」
「ったく、オレ抜きでやれよ」
「それじゃ、お姉さんの面子が立たないでしょ」
姉が結婚するにあたり、再来週の両家の顔合わせに呼ばれたという彼には
服装はカジュアルフォーマルで、というドレスコードが第一の関門になっていた。

ルックスへの劣等感故か、彼は着るものに対しても無頓着で
夏はTシャツにハーフパンツ、冬はネルシャツにデニムと言うのが彼の定番。
俺が春先にストールを巻いていた時には、信じられないといった目つきで見られたこともあった程だ。
「ほら、こういうのとか、良いんじゃないすか?」
「えぇ・・・何か、なぁ」
急場しのぎでファッション関係のサイトを渡り歩くも、なかなか彼の興味を引くことは出来ない。
「系統だけでも決めて下さいよ。そしたら、俺の貸しますから」


歳の離れた兄貴がアパレル関係の会社に就職していることもあり、学生時代から服には困らなかった。
社会人になってからは私服を着る機会が減ってしまったものの
今でも毎シーズン、何らかのアイテムを購入するのがささやかな楽しみになっていて
ワンルーム+ウォークインクローゼットという変わった間取りの部屋に引っ越したのも、その為だ。

先輩とは、背格好がさほど変わらない。
若干、彼の方ががっしりしたタイプだろうか。
"じゃあ、こんな感じ" と彼が言った雰囲気に合うコーディネイトを自分の服で組み合わせ
何パターンか写真に撮って、携帯にメールする。
色が、形が、というNGにイラつきながらも、30分ほどで、"じゃあ、それで" との返事が戻ってきた。

一安心したところで、不意に足元の箱に目が行く。
ある日を境に着ることの無くなってしまった服が、そこには入っていた。
引っ越しをする度に捨てようと思っていても、捨てられない。
美化すら出来ない最悪な思い出しか、詰まっていないはずなのに。


「ホントに男の子?可愛いね」
それが最高の褒め言葉だと思っていた時期がある。
大学に入り、見た目で自分を主張する自由を得て、自らの性的指向をやっと認められるようになった頃
インターネットで目にした女装姿の男たちに心を奪われた。
スカートを穿き、メイクをし、ウィッグを被り、中には女と見紛うばかりの者もいる。
ポーズを付けてしおらしい少女を演じ、傍ら、男とのセックスで艶めかしい雌に変わる彼ら。
それまで、ひたすら疑似恋愛だけで満足してきた俺には、その世界が憧れの場所に見えた。
こうすれば、誰かと、一歩踏み出すことが出来るのかも知れないと、信じていた。

初めて買った服は、当時流行っていたアイドルの服装を模したものだった。
ノースリーブのタイトなシャツに、ミニスカートとニーハイソックス。
何故それを選んだのか、恐らく異常なテンションのまま注文してしまったのだと思うが
鏡に映った自分の姿を見た第一印象は、決して悪くなかった。
とはいえ、画面の向こうの彼らのクオリティに比べれば、俺はただ女物の服を着ただけ。
どうやったら、もっと洗練できるのか。
妄念が芽生えてから、育つまで、それほどの時間はかからなかった。


姿見の前でポーズを取り、自分の姿をデジカメに収める。
一通りのメイク道具や、女性用の下着にまで手を出しても、未だ他人とのコミュニケーションは無かった。
友人・知人にバレることを危惧していた訳じゃ無い。
誰にも振り向いて貰えない、注目して貰えないことが怖かったからだ。

自己顕示欲が一気に噴き出したのは、意を決してSNSにアップした写真のコメントがきっかけだった。
タイトなミニスカートに、白いブラウスといったシンプルな服装は、思った以上に男たちを引き寄せる。
「脚、組んでみてくれる?」
「ブラウスのボタン、もう一つ外してみようか」
許容できる程度の要求に応えながら画像を重ね、数人の閲覧者とのチャットを続ける内に
自分が彼らから性的対象として見られていることを徐々に認識し始めた。
「後ろ向いて、お尻突き出してみて。挑発する感じで」
画面の向こうから刺さる視線が、初めて感じる得体の知れない昂ぶりを身体にもたらす。
「いいね、最高に抜ける」
偏執的なコミュニケーションにも我に返ることは無く、浮かされた心だけが衝動に震わされた。


その男は、滝口と名乗った。
本名かどうかを確認する術は無かったけれど、別に構わなかった。
「写真より、ずっと可愛いね」
歳の頃は、40歳前後と言ったところだろうか。
白髪の混じる短い髪とアンダーリムの眼鏡が、顔の印象をより鋭く見せる。
フリーカメラマンを自称する男はSNSでコンタクトを取ってきた当初からゲイであることを告白しており
彼と実際に会う決心をしたのは、何処かで性的な関係を持てることを期待していたからだと思う。

ガランとした洋室に、キングサイズのベッドが一台と小さなテーブルセットが一組。
その正面には、壁一面の鏡。
不自然な内装の部屋の中は、薄い饐えた臭いが充満している。
生活感はまるでなく、それでも、本能的な気配が染みついた空間。
何かしら性的な目的で使われている場所なのだろうと、想像が巡った。

大きなカメラバッグを肩から降ろした男が近づいてくる。
立ち尽くすだけの俺の肩に手を添え、薄手のカーディガンの皺を伸ばすように腕を撫でていく。
「カレンちゃんは、男とセックス、したことある?」
何となく思いつきで付けたハンドルネームが、今の俺の存在の全て。
直球の質問に、まずそんな思考が頭に浮かぶ。
追いかけるように、期待と不安と高揚が入り混じった感情が湧いてきた。
「・・・いえ」
「こういう格好すると、男に抱かれたくなったり、する?」
腕を離れた掌がミニスカートの襞に入り込み、太腿に熱をもたらす。
少しずつ、彼との距離が近くなる。
「それは・・・」
「別に、関係を強要するつもりはないんだ。でも、もし、君が嫌じゃ無かったら」
服の下に潜り込んでいく彼の指を、拒む事は出来なかった。
「いつか、君を、抱きたい」

□ 88_此処★ □
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□ 91_運命 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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